| ■ドーナル・ラニィとアンディ・アーヴァイン。どちらも「巨人」と祭りあげられることは嫌がるだろうが、しかし現代のアイルランド音楽に二人が残してきた足跡をふりかえる時、そしてこれから二人が生み出していくだろう音楽を想う時、「巨人」以外、適当な形容詞は見つからない。
■例えばドーナルがサッカーで言う司令塔とすれば、アンディは前線に鋭く切り込んでゆくフォワードだ。それも自らゴールを狙うというよりは、相手ディフェンスを思いきり引きつけておいてその裏に切れ味抜群のパスを放つ、そういう存在である。初代プランクシティではアンディからパスを受け、豪快にゴールを創るのはクリスティ・ムーアであった。
■アンディ・アーヴァインはロンドン生まれのアイルランド人である。そのせいか、とにかく想いもかけないところへ飛び出してゆく。この人は西側の誰も見向きもしなかった1960年代後半、東ヨーロッパを放浪し、そこでバルカンやマジャール(ハンガリー)やルーマニアの音楽を吸収して帰ってくると、プランクシティに参加し、アイルランド音楽の血を注入する。その恩恵を一番大きく受けているのはかの『リヴァーダンス』だ。
■同時に別ルートで入ってきていたギリシアの楽器ブズーキのアイルランド化に、ドーナルと並んで大きな役割を果たす。ブズーキやマンドリンによる歌やダンス・チューンの「対位法」的アレンジを生んだ一人である。それまでのアイルランド音楽はパイプやフィドル、蛇腹等の「持続音」楽器によるユニゾンしか事実上なかったから、「音が切れる楽器」によるメロディの絡み合いは革命的だったのだ。
■アンディはまた歌うたい、歌つくりとしても抜きんでた人である。名シンガー、ポール・ブレディと歌を競い合ったアルバム(ディスコグラフィの08)は、今やアイルランド音楽屈指の名盤として定評がある。プランクシティ、パトリック・ストリート等のバンド録音でも、ソロ・アルバムでも、柔らかいが芯の固いアンディの歌はハイライトだ。
■歌つくりとしては名曲"The west coasut of Clare" のようなリリカルな歌、自ら引き受けた仕事を黙々と果たして報いられることなく倒れた人びとをうたったバラッド、あるいは東欧の風味を利かせたユーモラスな歌など、心に残る歌を作っている。
■ひとことで言えばアンディ・アーヴァインは異質な要素を持ち込むことでアイルランド音楽を活性化してきた。同じことをやった人はドーナルをはじめ他にももちろんいるが、アンディが持ち込んだ要素の異質さと持ち込み方の過激さで際だっている。この人がいなければアイルランド音楽が今の半分も面白くないものになっていただろう。
■そういう「巨人」がやってくるのである。しかももう一人の「巨人」ドーナル・ラニィとともにである。来たれ。見よ。泣くべし。
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