SOUL FLOWER UNION

カンテ・ディアスポラ

1. 月光ファンファーレ
MOONLIGHT FANFARE
2. 愛の総動員
AI NO SODOIN (THE MOBILIZATION OF LOVE)
3. 海へゆく
UMI E YUKU (GO TO THE SEA)
4. ラヴィエベル〜人生は素晴らしい!
LA VIE EST BELLE (LIFE IS BEAUTIFUL)
5. 道草節
MICHIKUSA BUSHI (STOPOVER SONG)
6. 閃光花火
SENKO HANABI (FLASHING FIREWORKS)
7. スイミング・プール
SWIMMING POOL
8. パレスチナ
PALESTINE
9. 国境線上のカルナバル〜ヒャクショウ・ソウル
CARNIVAL ON THE BORDERLINE
10. 非公式な夜
HIKOSHIKI NA YORU (UNOFFICIAL NIGHT)
11. 名もなき惑星
NAMONAKI WAKUSEI (THE UNNAMED PLANET)
12. 辺野古節
HENOKO BUSHI
13. 朝ぼらけ
ASABORAKE (THE DAWN)
14. もっとおっぱい
MOTTO OPPAI (MORE BREASTS)
15. 寝顔を見せて
NEGAO WO MISETE(LET ME SEE YOUR SLEEPING FACE)
限定盤DVD
『海へゆく c/w 寝顔を見せて』
1. 海へゆく
2. 寝顔を見せて
オース!
田端義夫です!
彼らのことは、とても印象に残ってるよ。
「おもろい奴らやな」と。
古い唄をやるというのは、その中に新しいものがあるという事だと思う。
「こんなの古い」と聞き捨てないで、そこに何かを見つけて、自分らしくやっていくというのは、素晴らしいことなんだ。
本当にいい唄は、いつ聴いても新しい。
戦前、戦中、戦後、僕はずっと、人生の応援歌を唄ってる。
彼らの曲にもそういうものを感じるよ。
人生これからやで〜
頑張ってや!
(田端義夫)
フェリーニの映画のように、無国籍な感じと土着的な感じが入り混じっている。特異な旅をしてきた人たちからしか生まれない特異な音楽だ。そしておそらく日本からしか生まれない音楽だと思う。
(友部正人)
2008年、今年のフジロック開催中、最も激しい雨の中で演奏されたんじゃないかと思われるソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン。みんな踊る、踊る(俺も)。雨が激しくなればなるほど。ドラムレスでもだ。俺にとってソウル・フラワー・ユニオンは最強のダンス・アクト。ジャンルを越え、国境を越え、行き場をなくした俺達のためのダンス・ミュージックが詰まってる。ますますそんな風に思えるニューアルバム!!!
(ヒサシ the KID/THE BEACHES)
いつもは意余って言葉も音も過剰なSFUが、ついに必要なときに肩の力を抜くことを覚えはじめた。これもゆめちゃん降臨のおかげか。アンサンブルは引きしまり、一体感も一段レベルが上。中川さんはリード・シンガーとして覚醒成熟し、曲がまたどれも粒選り。いずれ詠人不知としてうたい継がれそうなものもある。CDの限界まで詰めこまれているのに短いぞ。さらにこれさえも通過点というたしかな予感。お楽しみはこれからなのだ。
(おおしまゆたか/音楽評論家)
赤塚不二夫で始まり
月亭可朝で幕を閉じる
素晴らしき狂気の瞳の奥
愛すべきやさしさと
眼中非痛的寿限無ROCKを
こころから応援したいと思う
すべての音魂を楽器という武器に込め
米を研げ!
(Dr.kyOn)
全ての優れたオリジナルな音楽はジャンル分けする事はできない。
それはワールドミュージック(世界音楽)としか呼びようがない。
Rolling StonesもFankadelicもPublic EnemyもCaetano Velosoも等しくワールドミュージックだ。
日本にはS.F.U.がいる。
S.F.U.がドアを大きく開き「世界に耳を澄ませ」とボクらを誘う。
そしてボクらは相変わらずの混沌の真ン中にいるのに気付く事になる。
(ドン・マツオ/ズボンズ)
昔から頑固者の作り出す物だけが世界を変え人間を変えて行く。車だって家だって音楽だって世界だって。みんなそうだ。ただ頑固者は頑固ゆえ理解されるまでに時間を要する事がある。ソウル・フラワーも僕もこの国の音楽シーンの中では頑固者だ。新作も旧作も誰にも真似の出来ない快作だ。このまま進もうぜ。
(加藤ひさし/ザ・コレクターズ)
南国へ来ているかのような晴れ渡るサウンドとグルーヴ感に、思わず体が揺れるアルバムです。
何度もこの世界に触れてみたいと思わせる作品だと思う!!!
(Superfly)
ソウル・フラワーの音楽を聴いていると海外に一人旅に出たような気分になる。もっと自分はうんと昔の祖先の段階でいろんな血が混じって言葉にならない声をもってこの世界に生まれたんだ、なんてスケールで。魂が笑うってすごいことじゃないか。ありがとうユニオン。
(一青窈)
まんまるい円盤が、上から見たり、下から見たり、斜めから見たりする事によって、
その形を、さんかくや、しかくにも見えてきてしまう、最近。
このアルバムは、どこから見ても、まんまるでした。

中川さんは、正直。すぎるくらい、正直、なのかも?と、思ったり、職人気質なんかなあ、とも、感じました。
『へい、いらっしゃい!』の、寿司屋の大将的な。や、違うか。
や、でも、ソウル・フラワーのCDは、『いらっしゃい。』な音かも知れません。
や、寿司屋の大将的な、やなくて、例えば、女の人が口にするような、お母さんがゆうような、
なんだか、懐かしいものなのかも知れません。

まんまるいCDは、いいですよ。にんにん。
(後藤まりこ/ミドリ)
カンテ・ディアスポラ
CANTE DIASPORA
ソウル・フラワー・ユニオン
SOUL FLOWER UNION

 BM tunes/XBCD-1026/¥3,150(tax in)
 2008年9月17日 発売
 [特別仕様盤:CD+DVD]
  BM tunes/XBCZ-9001/¥3,300(tax in)
 

魂の飛翔。バザールの夢。甘美な記憶。櫓の攻防。
魂花地下放送から、離散した唄どものラヴ・パレード。
アスファルトの下は砂浜だ!

ライヴのキラー・チューン<月光ファンファーレ><ラヴィエベル><道草節>、不朽の名品<海へゆく><閃光花火><寝顔を見せて>、魂花流プロテスト<パレスチナ><国境線上のカルナバル><辺野古節>他、全15曲73分の大作!!
(既出シングル曲は全曲ニュー・ミックス!)

ライヴ会場&Artist-Direct Shop 405通信販売限定
「カンテ・ディアスポラ<限定版仕様盤>」発売中

「カンテ・ディアスポラ」CDに、PV2曲入りDVDをプラスした、紙ジャケット仕様の生産限定盤

>> 「カンテ・ディアスポラ」特設ページ


Produced by Nakagawa Takashi

SOUL FLOWER UNION (2008)
Nakagawa Takashi 中川敬 : Lead Vocal, Guitar, Sanshin 三線, etc
Itami Hideko 伊丹英子 : Percussion, Hayashi 囃子, etc
Okuno Shinya 奥野真哉 : Keyboards, etc
Kawamura Hiroshi 河村博司 : Guitar, Mandolin, Backing Vocal, etc
Ito Koki 伊藤コーキ : Drums, Percussion, etc
Jigen ジゲン : Bass Guitar, Backing Vocal, etc
Kamimura Mihoco 上村美保子 : Backing Vocal

GUEST MUSICIANS:
Rikuo リクオ : Piano, Accordion, Backing Vocal
Koo (Black Bottom Brass Band) : Trumpet
Yassy (Black Bottom Brass Band) : Trombone
Iggy (Black Bottom Brass Band) : Sax
Kaneko Asuka 金子飛鳥:Fiddle
Okuma Wataru 大熊ワタル:Clarinet
Yamaguchi Hiroshi 山口洋:Guitar, Bouzouki ブズーキ
Nuu:Backing Vocal (順不同)

ソウル・フラワー・ユニオン『カンテ・ディアスポラ』

 ソウル・フラワー・ユニオンの新作『カンテ・ディアスポラ』が完成した。全15曲、トータル・タイム73分。オリジナル・フル・アルバムとしては『ロロサエ・モナムール』(05年)以来、3年ぶりだ。ぼくはこのタイトルを知った瞬間、傑作に違いないと直感した。なぜなら、この3年間のソウル・フラワー・ユニオンの活動を見事に収斂したタイトルだと思ったからだ。

 ディアスポラとは、元々はユダヤ人の離散を意味する言葉だが、たとえばブラック・ディアスポラと言えば、アフリカから奴隷船に乗せられてアメリカやカリブ海の島などに連れてこられた黒人とその子孫たちのことである。ディアスポラとは、今では、戦争や弾圧によって祖国を離れざるを得なかった難民や亡命者から、豊かな暮らしを求めて移民したような人たちまで含めて、さまざまな地域の離散した(させられた)人々を幅広く捉える社会学的な言葉になっている。『カンテ・ディアスポラ』とは、離散した(させられた)民衆の唄という意味である。

 この3年間のソウル・フラワー・ユニオンの活動を振り返ると、大きなポイントが2つあった。

 まず、前作『ロロサエ・モナムール』が完成した直後の05年6月に、ソウル・フラワー・ユニオン(モノノケ・サミット)はヨルダンへ飛び、アンマンのパレスチナ難民キャンプでライヴを敢行したことを挙げなくてはならない。このとき、最前列に陣取っていたDPA(パレスチナ自治省)の「お偉方」までさりげなく足と手でリズムをとっていて、ソウル・フラワーの想いが伝わってしまったというエピソードは、ファンにはお馴染みだろう。

 イスラエルが建国されたのは1948年、そのときのナクバ(大惨事)で80万人のパレスチナ人が難民になり、現在のヨルダン川西岸地区、ガザ地区、ヨルダン、レバノン、シリア、エジプトなどへ逃れた。その後、4度にわたる中東戦争で新たな難民が出たり、ナクバから 60年が過ぎて避難先で生まれた2世や3世の難民が増え、ヨルダンだけでも、人口550万人の国に190万人ものパレスチナ難民が暮らすという状況になっている。ヨルダンの難民キャンプは、もはや見た目は普通の街と変わらないし、ヨルダン国籍を得てヨルダン人と同じ暮らしをしている元難民の家系の人も少なくないという。それでもパレスチナ人としてのアイデンティティがしっかり受け継がれている限り、彼らはパレスチナ難民であり、すなわちディアスポラなのである。ヨルダンはイスラエルとイラクの間に位置する国なので、03年にアメリカの空爆により始まったイラク戦争でも、難民となったイラク人が多数、ヨルダンへ逃げてきた。この辺の位置関係は地図でチェックしてほしい。

 ソウル・フラワー一行は、このライヴの翌々日、紅海に面したヨルダンの港町アカバからピース・ボートのトパーズ号に乗った。そしてスエズ運河を越え、途中寄港したエジプトでカイロの町を歩き、イタリアのシチリア島で下船して飛行機で帰ってきた。この遠征を記録した話がオフィシャルHPに残っているのだが、カイロでのエピソードを読んだとき、思わず頬が緩んでしまった。〈「昔の権力者の墓を見て何がオモロイんや?」という中川氏の一言で、急遽予定を「アラブ町中散策」に変更。ヨルダンと同じく、町を見ないとその場所はわからない。ということで迷路のようなカイロの町を歩き回る〉と、書かれていたのだ。言うまでもなく昔の権力者の墓とはピラミッドのことである。ぼくも1度だけカイロへ行ったことがあるが、やはりピラミッドへは行かずに、ひたすら町を歩き回っていただけなのだった。

 ソウル・フラワー・ユニオンの中東〜イタリア遠征の旅は、じつは期間が短いし特に珍しい所へ行ったわけでもない。しかしとにかく町を歩き回り、地中海を横断する航路を体験した。中川敬は、オフィシャルHP内で『シネマは自由をめざす』という、映画評というか、映画をネタにしたエッセイのような文章の連載を持っている。そこでは、フランス、イタリア、ギリシャ、パレスチナが主要舞台になっている映画だけでもかなりたくさん取り上げられていて、映画に描かれている現場へ踏み込んでいくような筆致に圧倒される。さまざまな映画を通して想像してきたこの地域一帯の気配と感触、それがこのときの旅でかいま見た町の記憶に補完されて、さらにリアリティが増したに違いない。『カンテ・ディアスポラ』に深い陰影を感じるのは、この旅のそういう成果なのであろう。

 そしてもうひとつのポイントは辺野古(へのこ)への関わりだ。

 辺野古というのは、細長い沖縄本島の真ん中よりやや上のあたりの東海岸沿いに位置している集落である。いちおう名護市という市に属しているが、名護市の中心である名護は西海岸沿いの開けた町で、リゾートホテルなども建ち並んでいる。一方、ひと山越えて東海岸へ出たところにある辺野古は、ジュゴンが住む豊かな海が目の前に広がり、素晴らしい景観に囲まれているが、行政サービスから取り残された寒村という面持ちである。  DVD『ライヴ辺野古』(08年)のジャケット写真が、辺野古の集落から砂浜へ出たところの風景だ。これは DVDの裏側まで続いている1枚の写真の右半分なのだが、裏側のほう、つまり写真の左半分のほうを見ると、砂浜を区切るように柵が施設されていることがわかる。平和でのほほんとしているように見える写真だが、その柵の向こう側に広がる広大な土地は、在沖縄米軍海兵隊の基地、キャンプ・シュワブなのである。

 辺野古に隣接する場所にキャンプ・シュワブができたのは、沖縄が返還されるよりもずっと前、1956年のこと。辺野古には基地建設と同時に仕事を求める人がたくさん集まってきて、ベトナム戦争の時代には米兵相手のバーが120軒もあったのだという。でも今はすっかり寂れてしまった。

 辺野古という地名が大きく報道されたのは97年、米軍普天間基地の機能を移転するためにという名目で、辺野古の沖合に海上ヘリポート基地を建設する計画が持ち上がったときだった。そして04年、那覇防衛施設局が辺野古沖合に基地を増設する案のためのボーリング地質調査に向けた現地作業に着手したことを期に、基地建設「反対派」による阻止行動が活発化した。その影響もあって辺野古沖合案は潰れたが、そのかわり、日米両政府はキャンプ・シュワブの沿岸部にV字型滑走路を備えた基地を増設することで合意した。基地建設「反対派」は、騒音問題や、この地域に生息しているジュゴンや珊瑚礁に決定的なダメージが与えられるという環境問題の視点など、あらゆる角度から「反対運動」(基地建設阻止行動)を展開し続けている。

 一方、基地建設「推進派」は、いかにも見返りの振興策に期待しているという雰囲気が濃厚だ。米軍基地の増設が世界平和のために必要だからという考えに基づいて「推進派」になっている人となら議論すればいいが、実際には、地元にはそんな人はまずいないだろう。地域振興のためには基地の受け入れはやむをえないという考えの地元民に対して、よそ者が批判することは難しい。

 そんなデリケートな状況のなか、07年2月24日と25日の2日間にわたり、 辺野古の浜で『Peace Music Festa! 辺野古』が開催された。これは見逃すわけにはいかないということで、ぼくも現地へ行った。そして、延べ27組のアーティストが出演して、1,500人の観客が集まり、両日とも昼の12時から夜8時まで繰り広げられた熱演の宴をしっかりと見てきた。この場にいたおそらく全員が基地建設に反対の立場だったと思うが、現地のデリケートな状況を考慮して、ミュージシャンたちはあえて政治的メッセージを発せずに淡々とライヴを行っていた。しかしその無言の抵抗が、火事場のバカ力のような集中力を生み、極度に素晴らしい音楽を奏でていた。メッセージのための音楽ほどくだらない音楽はないが、素晴らしい音楽にはメッセージが内包されている。そのことを『Peace Music Festa! 辺野古』は証明していた。

 07年2月24日のソウル・フラワー・モノノケ・サミットのライヴと、2月25日のソウル・フラワー・ユニオンのライヴを収めたDVDが『ライヴ辺野古』である。録音に難があるが、それを差し引いてもこれは歴史的ライヴのDVDなので、『ラヴィエベル〜人生は素晴らしい!』(07年)、『寝顔を見せて』(07年)、『海へゆく』(08年)といったシングルをパスしてでも(買うことを止めはしないが)ゲットしてほしい。

 それから本当はもうひとつ、07年5月15日に、中川敬に「ゆめ」ちゃんという男の子が生まれたのだが、本人が言うには、それもこの新作に好影響を与えたとのことだ。

 そんなわけで、ソウル・フラワー・ユニオンの新作、オリジナル・フル・アルバムとしては3年ぶりとなる『カンテ・ディアスポラ』は、8曲めの「パレスチナ」と12曲めの「辺野古節」が象徴的な曲ではある。でもいきなり1曲めの出だしが「♪天国は満席、地獄はゼネスト」だし、一気に最後まで聴いてしまうだろう。ソウル・フラワー・ユニオン印のグルーヴがばっちりウネっているし、全15曲で描いている世界観に05年から08年のソウル・フラワー・ユニオンの姿がくっきりと刻印されている。「最新作が最高傑作」という神話をまたしても実現してしまった。

(石田昌隆)