オンライン魂花時報WELCOME TO NAKAGAWA TAKASHI'S WORLD中川敬のシネマは自由をめざす!リスト > ホテル・ルワンダ
NAKAGAWA TAKASHI'S ALL CINEMAS GO FORWARD TO FREEDOM !
ホテル・ルワンダ
  (2004年 南アフリカ=イギリス=イタリア)
  監督: テリー・ジョージ
  原題: HOTEL RWANDA
  主要舞台: ルワンダ
    商品名:『ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション』
販売税込価格:¥4,935(税込)
発売元社名:インターフィルム
販売元社名:ジェネオン エンタテインメント

  本作『ホテル・ルワンダ』の存在を知ったのは、去年(2005年)の夏頃だったか。たまたまネット上で「『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会(現・応援する会 http://rwanda.hp.infoseek.co.jp/ )」なる集いの、熱心な上映嘆願署名運動を知ったことがきっかけであった。
  海外での圧倒的な高評価にも関わらず、当初日本のメジャー配給会社は、「ルワンダ大虐殺」という重い政治的な主題と、各賞総嘗めによる上昇した買い付け価格を前にして、配給に二の足を踏んだ。そこで、日本での公開予定のない『ホテル・ルワンダ』を「観たい!」と思った有志が当会を立ち上げたのであった。そして、心ある映画ファン一人ひとりの熱い想いの集積が、この素晴らしい作品の日本公開、DVD発売へと実を結んだのである。日本では「お蔵入り」になっていたかもしれない世紀の感動作と、こうして出会えたことを、まずは心から感謝したい。

  1994年4月、アフリカのルワンダで長年くすぶっていた民族間抗争(「フツ族」と「ツチ族」※1)が遂に民族浄化へと発展し、三ヶ月間におよそ百万人(国民の十人に一人!)もの人々が惨殺されるという、俄には信じ難い、人類史上最悪のジェノサイド(虐殺)があった。
  当時の俺はといえば、ソウル・フラワー・ユニオンなる新バンドを始動させたところで、実質上のファースト・アルバム『ワタツミ・ヤマツミ』のレコーディングの殺人的スケジュールの真っ只中。報道によって「ルワンダ虐殺」の情報を見聞きしてはいたものの、正直、同年の「チェチェン大虐殺」同様、「ユーゴ内戦」ほどには身近に感じていなかったし、多忙にかまけて、ことの重大さを認識していたとはとても言い難かった。こうしてあらためて本作との出会いによって知らされる、ルワンダの当時の凄惨な実態には、言葉を失い、慄然とするとともに、激しく無知を恥じ入るばかりだ。
  ルワンダの歴史解説は、公式サイト( http://www.hotelrwanda.jp/index.html )に詳述されているのでここでは触れないが、近代史の例に漏れず、傲慢なる西欧列強の差別的植民地統治に民族間抗争の根はある。
  19世紀後半、ツチによる王政統治をドイツが保護領にして後押しし、第1次世界大戦のあとは国際連盟の判断によりベルギーの信任統治領に。1962年にルワンダはベルギーからの独立を勝ち得るが、それまで長年、国内の団結を怖れたベルギ−は、フツとツチの容姿の差異を利用した民族分類統治を遂行していた。1930年代前半にはすべてのルワンダ人をフツ、ツチ、ツワに分類し、人種別 IDカードの発行や人種差別思想の徹底によって、かつてまとまっていたルワンダを民族紛争の温床にしてしまったのであった。いわば、作り出された対立関係なのである。独立以降、ツチの王政は終焉するが、西欧列強間の利権争いを背景に、今度はフツによる圧政支配が進む。1973年のフツのクーデターなどを経て、1990年、ルワンダ国外のツチの亡命グループがルワンダ愛国戦線(RPF)を結成、ウガンダ側からルワンダに攻め入り、内戦が勃発するのであった。

  映画は、1994年4月6日、和平協定締結を終えたフツの大統領ハビャリマナを乗せた飛行機が何者かによって撃墜される、まさに「ルワンダ大虐殺」の幕開けから始まる。そして、首都キブエにあるベルギー系高級ホテル「ミル・コリン」(※2)の支配人ポール・ルセサバギナの、およそ1200人もの人々の命を救う良心と勇気の実話が物語の骨子だ。
  フツであり、高級ホテルの支配人であるポールは、日頃からその立場上、急進的なフツ至上主義者や民兵インテラハムェ、国連平和維持軍、地元官僚、為政者たちと繋がっているのだが、妻タチアナに始まる多くのツチの隣人・友人・親戚もいる、至って普通のビジネス・マンであった。
  大統領暗殺(※3)を契機に始まった、フツの民兵グループによるツチ大虐殺(穏健派フツも含む)は、みるみる内に激化、国内の広範囲に及び、ポールは、家族は勿論、多くの隣人たち、ホテル「ミル・コリン」に命からがら逃げ込んで来る孤児や難民たちをも匿うことになるのであった。命の危険を自ら背負い込みながら、ポールは、持ち前の交渉術や機転、ときには金銭による賄賂・懐柔策を講じ、絶望的状況を切り抜けていくのだ。
  メディア(ラジオ)による公然たるツチ非難。流言蜚語。そしてそれを鵜呑みに信じるフツ至上主義者の、残忍なツチ襲撃。至るところ火の海。狂乱する首都キブエ。男は皆殺しに、女は性奴隷に。「ゴキブリどもを一掃せよ!!」
  報道カメラマンのジャック・ダグリッシュが町中で撮影してきた凄惨な映像に、ポールは衝撃を受けながらも、世界での放映による国際救助を期待するのだが、ジャックは「世界の人々はあの映像を見て“怖いね”と言うだけでディナーを続ける」と諦観を漂わせ言い放つのであった。ポールの友人でもある国連軍のオリバー大佐も「我々は平和維持軍(ピース・キーパー)。仲裁は出来ない(ピース・メイカーではない)」と、恥じ入りながら繰り返すのみ。ツチの子供を見捨てて自分だけ逃げる白人宣教師の姿もある。挙げ句、国連軍は在ルワンダ外国人のみ国外退去させるのであった。
  世界から見放されたルワンダ。絶望的な阿鼻叫喚の地獄の中、ホテル「ミル・コリン」は、皮肉にも高級ホテルであるが故に、1268人もの人々が逃げ隠れる難民キャンプと化してゆくのであった……。

  物語はポール・ルセサバギナの勇気ある行動の実話をスリリングに描き出してゆくが、観る者を客観的で気楽な立場に置く「奇跡の英雄譚」に本作が陥らないのは、監督兼脚本のテリー・ジョージ(『父に祈りを』『ボクサー』脚本)の、ポール個人(と家族)に絞った周到な人物描写もさることながら、清濁合わせ呑んだ顔を持つ様々な登場人物たちに観客の我々が、知らず知らずの内に同化させられるからでもあるだろう。
  「“怖いね”と言うだけでディナーを続ける」のは常に消費者民主主義を謳歌する、先進国に住む我々である。しかし、現在もスーダン・ダルフール(※4)などで進行しているアフリカの大惨事を対岸の悲劇と片づけ、理解したつもりの「祈る観客」を増やすために本作が作られたのでないことだけは明白だ。本作を秀逸な社会派エンターテイメント作品として「楽しむ」ことも勿論可能だが、大虐殺から命からがら逃げ延びたルワンダの多く人々が悲痛な記憶を乗り越え大挙エキストラとして自主参加していることからも分かるように、本作は、国際社会がルワンダの教訓から学ぶことによって二度とこのようなヘイト・クライムを起こさないで欲しい、という危急の訴えでもあるのだ。「“南京大虐殺”や“日本軍慰安婦(『ナヌムの家』の項参照)”などなかった(それほどでもなかった)」「ホロコースト(ナチスが組織的に行った、ユダヤ人やロマ人、障がい者に対する大量虐殺)はそれほどでもなかった」「広島・長崎の原爆投下(民間人大量虐殺)はやむを得なかった」といった類いの悲しき妄言が生み出される構造をこそ、本作は撃ち抜いているのである。
  主人公のポールが、至って普通の、一介のホテル・マンであったことは極めて重い意味を持つ。決して平和は、祈ったところでやっては来ないのだ。

  「94年4月の四日間で虐殺された四万人の遺骨で埋め尽くされている部屋をいくつも通った。その時、一人の生存者から当時の話を聞いて、私の人生においてこの映画を作るより重要なことはないとはっきり確信した」(テリー・ジョージ監督)
  「勿論、好きでもない仕事で一日八時間働いているような人が“遠い国の話だろ”とか“俺には難しすぎて理解出来ないよ”とか“結局俺に何が出来るっていうんだ”なんてことになるのは理解出来る。そういう無関心が出てくるのは分かる。けど、そういった態度は、この事件と同じようなことがまたどんどん起こるのを認めることにもつながるんだよ」(ドン・チーゲル/ポール・ルセサバギナ役)
  「私には希望があります。それは、人には感受性があるということです。この映画を観た人は皆誰もが私たちに、このことを知らなかったことを申し訳なく思うと言ってくれます。ルワンダで起こったことがどこか別の場所で繰りかえされないためのメッセージとして、この映画が受け止められることを望んでいます」(ポール・ルセサバギナ)

  (※1)本作の「おことわり」に、話をわかりやすくするためにあえて「ツチ族」「フツ族」という差別的呼称を使用していることが述べられているが、やはりこの「族」には先進国側から見た「未開の原住民」を連想させる差別的語感があると言わざるをえない。日本人や主流アメリカ白人を「ヤマト族」「アングロ・サクソン族」と称しないのであるなら、本作中の民族呼称も「ツチ」「フツ」で十分だと思われる。いくら「ことわり」を入れようとも、こうした無思慮な翻訳が、よりアフリカの問題(など)を「遠く」しているのだ。
  なお、ツチとフツは元来使用言語も同じで、居住地の差異もなく、遊牧民族ツチと農耕民族フツの生活様式の違いによる階級化が存在していたに過ぎない。 富裕層の象徴であった牛を所有していたのがツチという訳だ。そして19世紀後半以降、そこに、西欧の植民地支配者によって、「北方エチオピアからやって来た黒いアーリア人であるツチが欧州人に近い高貴な民族であるのに対し、農耕定住民のフツは下等」という、とんでもない迷信が醸成された。
  「ルワンダ人口の90%がフツ、9%がツチ、1%がツワである(1983年の統計)。

  (※2)ミル・コリン・ホテルは、キガリきっての有名な国際ビジネス・ホテル。宿泊料金は一泊百二十五ドルで、これはルワンダ人の平均年収の半分に相当する。

  (※3)撃墜犯には諸説ある。大統領側近の急進派とする説もあるが、CIAの関与を指摘する声もある。また、大虐殺の三ヶ月前に、国連軍指揮官のロメオ・ダレール少将は、大虐殺の可能性を示唆するインテラハムェ経由の情報提供を受けており、国連平和維持活動のトップ、コフィ・アナンにもその情報は流れている。「ルワンダで起こっていることはジェノサイドではない」と宣ったのは、当時のアメリカ大統領ビル・クリントンである。

  (※4)ダルフール紛争は以下に詳しい。http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=573