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ダーウィンの悪夢
  (2004年 フランス=オーストリア=ベルギー)
  監督: フーベルト・ザウパー
  原題: DARWIN'S NIGHTMARE
  主要舞台: タンザニア
    公開:2006年12月予定
公式サイト
http://www.darwin-movie.jp/

  外来肉食魚ブラックバスやブルーギルなどの放流が巻き起こす生態系破壊への警鐘は、以前からここ日本においてもしばしば耳にするところだ。そういえば、現天皇・明仁(皇太子当時)がブルーギルを日本へ持ち帰って以降進行している(※1)、日本の池や湖の淡水系固有種に与えている外来魚の捕食力の脅威を、伊丹英子が楽曲に取り上げたこともあった(<ブルーギル>。ソウル・フラワー・ユニオンのアルバム『カムイ・イピリマ』に収録)。

  本ドキュメンタリー作品『ダーウィンの悪夢』の主役は、人類発祥の地、アフリカ・タンザニアが英領であった1954年に、ヴィクトリア湖(※2)に放流されたバケツ一杯の外来肉食魚ナイルパーチだ。このナイルパーチは、成長すると全長2メートルにも達する巨大魚で、僅か数十年の間に湖の固有種は壊滅、食物連鎖のトップに立ち、その旺盛な繁殖力によって、暗躍する多国籍企業を潤わすこととなる。
  グローバル経済の中、飽食の欧州や日本の食卓へと膨大に運び込まれて来る白身魚の多くは、まさにこのナイルパーチである。この巨大な肉食魚は、その類似性から「白スズキ」として日本に大量輸入されていて、日本のファミリー・レストランやファースト・フード店、学校給食や弁当の材料、スーパーの味噌漬けや西京漬けなどに使われているという。
  しかし、本ドキュメンタリーの調査が訴えるのは、生物多様性の破壊にとどまらない。ナイルパーチの移入による飛躍的な漁獲量やスポーツ・フィッシングなどが生み出す大きな経済効果は、その裏で悪夢のような様々な悲劇を呼び込むことになるのだ。急激な商業的開発による伝統的零細漁業の衰退、ナイルパーチ加工用燃料を得るための森林伐採、酸素不足が生む藻やユスリカ繁殖による湖の赤潮化、地域社会の荒廃、戦争の恒常化などなど、本作は、湖の生態系のみならず、人間の生態系をも喰い尽くしてゆくグローバル資本主義のロジックを暴露してゆくことになるのであった。
  映し出されてゆく環境破壊、戦争、極度の貧困、飢餓、暴力、レイプ、ストリート・チルドレン、売春婦、HIVエイズ感染者、ドラッグ、地元漁師、政治家、実業家、欧州委員……。外来魚産業による地域経済の活性化を強弁する為政者の姿もある。
  ウクライナ人の操縦する巨大な航空貨物機が数日毎に到着し、二束三文で買い叩かれた五十五トンもの切り身を欧州へ持ち帰る。貧困に喘ぐ地元民が口に出来るのは腐敗しかけた「アラ」のみ。超低賃金で雇われた労働者の足にウジが這うナイルパーチ処理場はアンモニア臭の煙に燻され、そのアンモニアガスによって片眼が腐り落ちた女性の告白はあまりにも強烈だ。暴力の恐怖や空腹から逃れるために、魚の梱包材を火で溶かして麻薬代わりに吸い込むストリート・チルドレンたち……。
  一日1ドルで国立魚類研究所の夜警を務める男ラファエルは元兵士。貧困に喘ぐアフリカでは兵士の高給が魅力であり、多くの者が戦争を待望していることを、殺気立った、諦観に満ちた表情で語り上げる。
  そして恐るべきことに、魚を運ぶ航空貨物機が欧州から持ち込むものとして、アンゴラやコンゴ、ルワンダなどへ流れてゆく武器弾薬の疑惑が浮上するのだ。「北」へ送られる魚。「南」へ送られる武器。強者の論理に則って「最前線」には絶望的貧困と戦争が放置され続けるのである。「アンゴラの子供達はクリスマス・プレゼントに銃を贈られ、ヨーロッパの子供達はブドウを貰う」(ウクライナ人パイロット・セルゲイの友人の言葉)
  アフリカで広がる飢餓。先進国による経済援助ビジネス。得た資金で購入される武器。先進国へ持ち帰られる資源・産物。貧困を温床にした戦争……。用意されたかのようなこの悪のスパイラル、絶望的連鎖の真っ只中に、今我々はいるのだ。ここにあるのも、ダーウィン言うところの「弱肉強食の生存競争」「適者生存の自然淘汰法則」なのか。もちろん違う。先進国の人為的な行為であるこのメカニズムを、作り上げるのも、壊すのも、消費者民主主義を謳歌する「北」に住む我々の、これからの生き方に重くかかっているのである。
  生き血を吸いながら肥え太るグローバル資本主義。そして本作は、贅を尽くす先進国の営みを貧者に奪われんと存在するのが軍隊である、ということを、まさにズバリ言い当てているのである。あまりにも悲しい、当節人類社会の縮図がここにある。
  一般公開は2006年12月、渋谷シネマライズ他、全国ロードショー。

  「『ダーウィンの悪夢』で私は、ある魚の奇怪なサクセス・ストー リーと、この最強の“適者”である生き物をめぐる一時的なブームを、“新世界秩序”と呼ばれる皮肉で恐ろしい寓話に変換しようと試みた。だから同じ類の映画をシエラレオネでも作ることが出来る。魚をダイヤに変えるだけだ。ホンジュラスならバナナに、リビア、ナイジェリア、アンゴラだったら原油にすればいい。ほとんどの人は現代のこの破壊的なメカニズムについて知っているだろう。しかし、それを完全に描き出すことが出来ないでいる。それは、知ってはいても本当には信じることが出来ないからだ。例えば、最高の資源が見つかった場所のすべてで、地元の人間が餓死し、その息子達が兵士になり、娘たちは召使いや売春婦をしているなんて、信じがたいことだ。しかしこのような話は、何度も繰り返され、私は気が滅入ってくる。アフリカ大陸の人々にとって、市場のグローバル化は、数百年に及ぶ奴隷制度と植民地化に続く致命的な屈辱だ。全世界の人口の四分の三を占める第三世界に対する富裕 国の横柄さは、私達全人類の未来にとって計り知れない危険を生み出している。この死のシステムに参加している個々の人間は、悪人面をしていないし、多くは悪気がない。その中にはあなたも私も含まれている」
(フーベルト・ザウパー)

  (※1)北米の中部・東部に広く分布。1960年、静岡県伊東市の一碧湖へ初移入されたという。
  (※2)ケニア、ウガンダ、タンザニアの三カ国に囲まれた世界第二の規模の淡水湖。その広さは九州の2倍、琵琶湖の100倍もの広さをもつ。かつては、約四百種類の固有種が生息、研究者 たちに「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるほどの「生物多様性の宝庫」と言われていた。