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送還日記
  (2003年 韓国)
  監督: キム・ドンウォン(金東元)
  原題: REPATRIATION(送還)
  主要舞台: コリア
    2006/3/4(土)より、渋谷シネ・アミューズにてロードショー!!

  「相も変わらず“国家”は、あまたの人生を翻弄し、それに飽き足らず地球の未来すら奪いかねない愚闇にあるが、この活写された壮絶な東亜近代史が語るように、如何なる状況下でも人間は、人間として笑い、怒り、歓び、歌い、魂の連帯に人生の真理を求めるのだ。映画を観てこんなに胸が張り裂けそうになったのは久しぶり。全在日ヤマトンチュ必見!」(中川敬)
  こんな具合に、配給会社シグロ(www.cine.co.jp/index.htm)から求められた本作『送還日記』の宣伝用コメントでは大言を吐いたのだが、一見大げさに思われるであろうこの「感想文」には、ひとはけの誇張もない。朝鮮半島38度線の分断をめぐる、統一への願いが込められた韓国映画は周知のようにあまたあるが、ここまで胸一杯にされて、立て続けに二度も観たくなったドキュメンタリー映画はそうそうない(よって俺は、五時間もの間、東亜近代史の澱みの中を、いわく言い難い感情のまま、たゆたうハメになった。148分が短過ぎるとすら感じるのだ)。
  『JSA』(2000年)のパク・チャヌク監督の本作への寄稿には、「こんなに泣きながら見た映画は初めてです。同じ祖国統一という願いを込めて作った『JSA』を考えたら、恥ずかしく思います」とあるが、恐らく本音以外の何ものでもないだろう。
  このドキュメンタリー映像に映し出されているのは、一口に言えば国家に翻弄された者達の壮絶な東亜近代史ということになるのだが、否応なく国家を超越してゆく「魂の連帯」がどうしようもなく切ない程に映像の隅々にまで溢れ出る数々の「瞬間」は、イデオロギーよりも国家よりも個人、個人と個人の思いやりこそがすべて、という人間の生の基本原理をまたもや俺の中で強固なものにしてくれた。人間主義の横溢とでも言おうか、やるせない程に、ここには愛すべき人間達がいた。

  本作は、北朝鮮からスパイ(工作員)として韓国内に潜入しようとして逮捕され、三十年以上もの間、獄中で過ごした長期囚の老人達を、1992年から十二年間にわたって記録した意欲的なドキュメンタリー作品だ。
  本作に中心人物として登場する長期囚は八人。朝鮮戦争休戦協定から数年を経た1960年代初頭、李承晩軍事政権下にあった韓国での学生反体制運動の盛り上がりに、北朝鮮は、好機到来とばかりに韓国へ多くの工作員を送り込んだ。若さの盛りにあった彼らの多くは、家族を北朝鮮に残したまま韓国当局に捕えられ、獄中の執拗に続く殺人的な拷問から「転向」し、出獄後に梨の果樹園や犬の飼育農場で働く者もいれば、「非転向」を貫き、獄中三十年を経て「特別放免」措置によって釈放された者もいる。カメラは、「転向長期囚」「非転向長期囚」の、それぞれの表情に走る悔恨や誇り、歓びや悲しみ、哀切や孤独といった複雑な感情の起伏を、否応なく映し出してゆくのだ(ちなみに、ジュネーブ条約で戦時捕虜は速やかに送還しなくてはならないことになっている)。
  撮影のきっかけは1992年、ドキュメンタリー作家のキム・ドンウォン監督がひょんなことから、「特別放免」措置によって獄苦から解放されたばかりの「非転向長期囚」、元工作員の二人(チョ・チャンソン、キム・ソッキョン)と出会うことにあった。軍事政権下にあった韓国で、例に漏れず反共教育を受けて育った監督の、「元スパイ」に対する当初の好奇心、「非転向長期囚」という響きに対する畏怖が、監督自身のナレーションによって実直に語られてゆく。しかし、葛藤を感じながらも監督は長期囚達の人間臭さに惚れ、親子のような関係を築きながらの長期にわたる撮影が開始されるのであった(やがて体温をもつようになったカメラは、八百時間を越えるヴィデオ・テープを必要とした!)。
  人情に厚い柔和な性格のチョ・チャンソン。出獄後も政治工作中と言わんばかりの明朗なキム・ソッキョン。世界最長期囚(四十五年服役!)としてギネス・ブックにも載るキム・ソンミョン(朝鮮戦争時、人民軍に入隊した為、父と兄弟達は右翼に虐殺された)。拷問に耐えきれずに転向し1988年に釈放された純朴なキム・ヨンシク。日帝統治下の満州、プロボクシングの選手として名を馳せた元長期囚中最高齢(九十歳)のリュ・ハンウク。唄と踊りが達者でユーモラスなハム・セファン……。
  彼らは、野遊会となれば酒宴で憚りなく<キム・イルソン讃歌>を歌ったりして監督達を戸惑わせたりもするが、実に素朴でユーモラス、人間味に溢れた当たり前の人間達、笑顔の似合う素敵な老人達なのだ。
  例えば、拷問により「転向」させられたキム・ヨンシクは、殴る蹴るの壮絶な拷問の体験談に続けてこんなことを言ったりもする。「この地球上のすべての母親に本当に頼みたいのは、子供を産むならナイチンゲールみたいな子だけを産んで欲しいってことだ。それと、靴を作る人は先っぽをフニャフニャに作って欲しい(笑)」。四十四年間服役したアン・ハクソプの結婚式に、「俺も結婚したい!(笑)」と周りを笑わせるハム・セファンのシーンもいい。
  映画の最後で、彼ら長期囚の多くが「6.15南北共同宣言」を機に「帰国」する(送還される)のだが(2000年)、送還が現実味を帯び始めると、彼らの間にはさまざまな葛藤が立ち現れる。「非転向」を貫いたが、元来「南」出身である為、「北」へ行くべきか悩む者。逆に出身が「北」であるにもかかわらず、「転向」した為、「北」へ行く「資格」のない者。アン・ハクソプのように、送還寸前で電撃的に結婚し残留を決意することによって、仲間の非難を受ける者もいる。「元スパイ」と一口に言っても、そこにはさまざまな人生の澱があるのだ。
  映画は、英雄扱いで「帰国」した、のちの彼らの映像も映し出すが、想像し得る、彼らのこれからも続くであろう「闘い」を暗示して幕を閉じている。若かりし頃の、彼らの知っている(信じている)「金日成体制の輝かしい社会主義国家」は、そこにあるのか?  今彼らは「北」で何を見るのか?  「魂の連帯」を「南」でも見た彼らの余生には、「闘い」と呼ぶにふさわしい、新たな相克が待ち受けていることだろう。映画は、そこまで立ち入ることを許されてはいない。

  「非転向長期囚」達が、何故苛酷な転向工作(拷問)にも打ち勝ったのか?  その答えが「イデオロギー」や「忠誠」でないことは、本作を観終えた者なら分かるだろう。卑劣に過ぎる獄中の拷問に、彼らはまずもって信念を曲げる訳にはいかなかったであろうし、何よりも人間の本源的尊厳がそれを許さなかったはずだからだ。当然、「転向」した者達も心まで「転向」させられた訳ではない。「非常時」に置かれたすべての人生は、「信じるもの」と密に寄り添い、人間として屹然と生き抜こうとするものだ。
  2000年に送還された六十三名の中には、邦人拉致に関わったと目される(真偽は分からないが)シン・ガンス(辛光洙)もいる。よって当然、本作への賛否の噴出も容易に想像し得る。何せここに映し出されているのは「北朝鮮工作員」なのだから。また、このえも言われぬ感情を喚起する人間讃歌を、「政治性」抜きに観るべきだとも思わない。ここには歴然と東亜近代史の壮絶な「政治」が横たわってあるからだ。しかし、ここにも人間がいる、人生の歩みがある、ということを再確認するだけでも(あまりに当たり前のことだが)、この映画のいわく言い難い存在意義はある。
  日朝双方が歴史的に積み上げてきた多くの悲劇に思いを馳せると、劇中の忘れ難い、韓国の住民と長期囚との交流シーンが語る「魂の共振」にこそ、積もり積もった難題に立ち往生する現代社会の処方箋は隠されているのではないか、というようなことを思う。双方がそれぞれ自己批判的に克服しようとする気概。日朝両政府に欠けているのはまさにそれだ。相手の急所を探り合いながら政治力学ゲームに興じてみたところで、解決の糸口すら見えてこないだろう。合わせ鏡のような日朝両政府の哀れな姿だけが立ち上ってくる。
  本作には、人と人が理解し合おうとぶつかり合う、いわば「地べたのまつりごと」がある。それは切ない程に。そして、俺の場合、本作を観ることは、彼の地で酒を酌み交わし語り合った金日成社会主義青年同盟の若者達の「今」に思いを馳せることでもあった(『JSA』の項参照)。
  ちなみに本作、韓国で最も売れている映画雑誌「CENE 21」十周年記念号で過去十年の映画ベスト・ワンを受賞。サンダンス映画祭「表現の自由賞」を筆頭に、世界中の多くの映画祭で大絶賛を受けている。
  今春ロードショー。全人類必見!

  「百歳近くになり紙切れのように軽くなった母が四十五年ぶりに釈放された七十を越えた息子(キム・ソンミュン)に会って最初に“お前は大人の言うことを聞かないから”と軽く叱りつける場面ほどに劇的で、韓国的で、これ以上に現代史の傷を見せてくれる場面を私はまだ見たことがない」(ハン・ホング/歴史学者、聖公会大学校教授)
  「本当におもしろくて、憎らしくも悲しく思う。“一度あの映画を観なさい”と、観た人は全員言うと思います」(アン・ソンギ/俳優)