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ひまわり
  (1970年 イタリア)
  監督: ヴィットリオ・デ・シーカ
  原題: I GIRASOLI(SUN FLOWER)
  主要舞台: イタリア
   

  映画史上、銀幕の中での「ベストカップル」ならむろん無数にいるが、いちゃつかせればこの二人の右に出る「カップル」はそうそういない。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニである。
  ダイナミックな「グラマー女優」として名を馳せた女神ローレン。片や巨匠達(フェリーニ、ジェルミ、ヴィスコンティ、タヴィアーニ兄弟、アンゲロプロス、オリヴェイラ……)に愛され、数々の名作映画の常連であったマストロヤンニ。
  デ・シーカ監督(『靴みがき』『自転車泥棒』の項参照)による連作、1960年代の初々しい二人の共演コメディでの「カップル」演技は、今観てもなかなかのものだ。『昨日・今日・明日』(1963年)、『あゝ結婚』(1964年)、『ひまわり』(1970年)などでデ・シーカがこの二人の起用にこだわったのも良く分かる。特にコメディという意味では、短編集『昨日・今日・明日』の中の第三話『ローマ』での二人のいちゃつきぶりは屈指。やはりカップルたるもの、こんな具合にいちゃつきたいものである。そしてあらためてこの二大スター、ホンモノの演技者であることを再確認させてもらったのであった(巨匠アンゲロプロス監督は、若かりし頃、フェリーニの一大傑作『甘い生活』で映画に目覚め、また一方でローレンの熱狂的なファンでもあったらしい。自作にマストロヤンニを再三起用したのも、なるほど頷ける)。
  ちなみに、この三作にはさまれた形のデ・シーカ作品『恋人たちの場所』(1968年)も秀作だが、惜しむらくは、マストロヤンニの相手役がローレンではなくフェイ・ダナウェイであったこと。この起用は、「アメリカ人女性」という脚本設定や、前年の『俺たちに明日はない』の大ヒットも影響していたのだろう。しかし、ダナウェイもいいが、やはりここはローレンであるべきだった。まあ俺は、単純にこの「銀幕ベストカップル」の作品を一本でも多く観たかったのだ。
  ローレンの役どころは、常に気高くエロティック、言いたいことはズバズバ言う野性的な「いい女」。マストロヤンニは、『甘い生活』で主演をはりブレイクして以降、常に他作でも甘美で怠惰、「ハンサムだけどちょっと間抜けでだらしないダメ男」が定番である。デ・シーカは、二人の持っている希有な特質を見事に生かし切り、突出した「カップルものコメディ」をものにしたのであった。
  その伏線(結果的に)が、「反戦映画」として名高い『ひまわり』に、強烈に生きている。もちろん『ひまわり』は、ペーソスの効いたシリアスな愛の物語であるが、であるからこそ、この二人の起用によって、戦争で引き裂かれたカップルの悲惨が、より悲痛に浮かび上がるのである。悲喜こもごも合わせ呑んだ二人の「うまさ」ももちろんあるのだが。

  舞台は、ムッソリーニのファシスト党が席巻する1940年代前半のイタリア・ナポリ。もうじき徴兵でアフリカ戦線へ送り込まれることになっている配線工アントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、理髪師の娘ジョヴァンニ(ソフィア・ローレン)と熱烈な恋に落ちている。そして兵役までの二週間弱の時間を二人きりで過ごす為に、急いで結婚する二人であった。「結婚するのよ、新婚休暇は十二日あるわ。その内に終戦よ。ナポリじゃ皆そうしてるわ」
  束の間の愛の日々。アントニオは、ジョヴァンニのアイデアで、兵役逃れの狂言を策して留置場に入れられるのだが、その画策が警官にバレてしまい、結果最も苛酷なロシア戦線の最前線へと送られることになるのであった。ミラノ駅でアントニオ達出征兵士を見送るジョヴァンニ……。
  終戦。しかし、裁縫の内職をしながら夫アントニオを待ち続けるジョヴァンニの元へは、一通の手紙も、夫の消息もやって来ない。
  十年近くの時が経ったある日、ジョヴァンニがいつものように帰還兵を乗せた列車の到着するミラノ駅のプラットホームで夫の写真をかざしていると、ある帰還兵がその写真に反応する。「一月のドン河だ。俺達は雪の中を敗走中だった。三分も立ち止まると凍り付く。四方からはロシア兵。地獄だ、あれこそ地獄だった……」。その帰還兵は夫の戦友であった。そしてジョヴァンニは、寒さと飢えの苛酷な雪中の敗走の行軍で夫が力尽きたことを知るのであった。
  1953年、スターリンが死に、夫が生きていることを信じるジョヴァンニは、遂に、戦友から聞いたウクライナ・ヘルソン州のドン河周辺へ、消息を訪ねる旅に出る。
  モスクワからウクライナへ。列車の車窓に広がる一面の広大なひまわり畑の下には、ナチスの命令で穴を掘らされたイタリア兵やロシア人捕虜、老人や子供達が眠っている。丘陵に果てしなく連なる夥しい数の墓……。
  諦めないジョヴァンニは、ウクライナの各地を捜索し、遂に夫の消息を訪ね当てる。夫は、寒村の娘マーシャ(リュドミラ・サヴェーリエワ)に助けられ、そこで一粒種をもうけ、幸せな家庭生活を送っていたのだ……。

  「反戦映画」として世界中の多くの観客の涙をさらった本作。ヘンリー・マンシーニの哀切に満ちた旋律が今となっては少々暑苦しいが、イタリア人情ものにしばしば見受ける秀逸な「メロドラマ」的演出も、ローレンあって、より美しく際立っている。十年強の時間の振り幅を演じ切るローレンの「顔の演技」はやはりさすがだ。特に最後の別れのシーンのローレン。掛け値なしに泣かせる。十代の頃に本作を初めて観た時は、「老け役」にチャレンジしていたローレンのことを、何も知らずに「ローレンってオバチャンやん」と思ったものだった。本作でローレンはデビット・オブ・ダンテロ賞のイタリア最優秀女優賞を、マストロヤンニはカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞している。
  そして清楚なリュドミラ・サヴェーリエワ(セルゲイ・ボンタルチュク監督『戦争と平和』のナターシャ)。ちょっと、可愛い過ぎである。
  デ・シーカが構想に十年かけ、監督人生の総決算として臨んだ本作は、東西冷戦下にあって初の西側諸国の「ソ連ロケ映画」でもあった。プロデューサーのカルロ・ポンティ(ローレンの実生活のパートナー)と総指揮のジョゼフ・E・レビンは、許可を出さないソ連当局に何度も何度も出向き、脚本に込められた主題の、情熱的な説得をもってして何とかソ連ロケを実現させたそうだ。ウクライナ・ヘルソン州(キエフの南約五百キロ)での撮影時、各地で一行は大歓迎を受け、特にローレンの人気は凄まじいものがあったらしい。
  なお、実生活で流産を繰り返した末にようやく誕生したローレンとポンティの愛児が、ジョヴァンニの子供役で一瞬顔を出している。
  朝鮮半島をはじめとして世界的に、ひまわりには「権力になびく者」という隠喩があるが、さしずめここでは、「女性」や「国家」という名の「太陽」を追い続けた、男達の悲しき末路を象徴しているかのようだ(DVDの解説には「夫を追い求める妻」という、その逆の解釈があった)。大輪のひまわりの、見渡す限りの鮮やかな絶景。しかしその地中にはあまたの無念の魂と記憶が眠っているのである。
  「ジョヴァンニの一歩一歩がそのまま彼女の、いや人間の人生そのものなのです」(デ・シーカ)