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赤ちゃんに乾杯!
  (1985年 フランス)
  監督: コリーヌ・セロー
  原題: 3 HOMMES ET UN COUFFIN(3 NEN AND A CRADLE)
  主要舞台: フランス

    近年作のサスペンス・コメディ『女はみんな生きている』(2001年)で機知に富んだ笑いと感動を与えてくれた喜劇監督コリーヌ・セロー。フランスの女性映画監督の中で、最も巨匠アニエス・ヴェルダのポジションに近い監督かも知れない。そして、その名を世界に轟かせた初期代表作が本作『赤ちゃんに乾杯!』だ。1985年度セザール賞の最優秀作品賞、脚本賞(監督自身)、助演男優賞(ミシェル・ブージュノー)受賞に加え、本国フランスではそれまでの映画興行記録を塗り替える大ヒットとなり、社会現象にまでなったという触れ込みの喜劇作品である(パリだけで600万人動員!)。
    独身貴族生活を謳歌していた男三人がいきなり赤ん坊の世話を押しつけられ右往左往するという、てんやわんやの爆笑子育て奮闘記なのだが、何よりも、ジェンダーの役割分担を幼い頃から教育されてきている男達に、本来あるべき「母性本能」が目覚めてゆくという設定は、なかなかありそうでなく、心憎い。
    日々の心情の変化、表情の機微が、巧妙にきめ細やかに描き出され、滑らかなストーリー展開も実に絶妙。男達の愛らしい姿、輝きを捉える、人情味溢れる監督の視座を、「フェミニズム」の一言で片付けることは出来ない。愛すべき人間達の、洒落たやり取りと素敵な馬鹿馬鹿しさがここにはあるのだ。『ロミュアルドとジュリエット』や『女はみんな生きている』などと同様、脚本も自ら手がけているコリーヌ・セロー、やはりただ者ではない。
    「女性も知らなかった男の心の中の一面を、みごとにとらえて欧米では社会現象となっている。ほんとに男の中に母性本能があるのか? マスコミは社会学者まで動員して大特集をし、話題は話題を呼んでいる」(VHSパッケージのコピー)

    舞台はパリ。国際便の男性乗務員ジャック(アンドレ・デュソリエ)と、広告代理店勤務のピエール(ローラン・ジロー)、漫画家のミシェル(ミシェル・ブージュノー)の三人は、高級マンションで部屋をシェアし、優雅な共同生活を満喫している。誰にも束縛させない、仕事と女とパーティーの独身貴族生活だ。
    ある日ジャックは、友人ポールから、日曜日に部屋へ届けられる小包を、誰にも言わずに木曜日まで預かって欲しいと頼まれる。
    日曜日。ジャックは早朝の東京行きの便でパリを発ち、小包の件を聞いていたピエールとミシェルの元へ、なんと生後六カ月の可愛らしい赤ん坊マリーが届けられる。マリーのバスケットには「ジャック、私達の愛の結晶です。六カ月間ニューヨークへ行っている間、面倒を見て下さい」と、モデルのシルヴィアがしたためた手紙。しかしジャックは、日本で仕事を終えた後、タイで休暇旅行だ。勝手が分からず思案に暮れるピエールとミシェルに、こうして悪戦苦闘の子育ての日々が始まるのであった。
    当然男達、子育てのことなどあずかり知らず全くの無知。ミルク、哺乳ビン、オムツ、育児書などを買い込み、互いに押しつけ合いながら、嫌々マリーとの眠れない日々だ。観るこちらは爆笑の試行錯誤の連続。
    仕事を休み、デートもキャンセルし、「オムツ」も「授乳」も「寝かしつけ」も「お風呂」も板に付いてきた木曜日、遂に、二人の元へ小包を受け取りに怪しい男達が訪ねて来る。二人は一旦彼らにマリーを渡すも、日曜日にもう一つの小包を受け取っていることを思い出したピエールは、その中身がヘロインであり、そちらが奴らの目当てであることに気づく。大慌てでマリーを取り返しに行くも、その騒動の際、ピエールとミシェルを怪しんだ警察が動き始めてしまうのであった。
    ヤクの売人達の急襲。警察のガサ入れ……。
    何とか難を逃れた二人の元へジャックが帰還。以降、マリーに振り回される三人の、昼夜交代のドタバタ育児生活は続く。
    そんなこんなで六カ月が過ぎ去り、ニューヨークから戻って来たシルヴィアがマリーを引き取りに。育児から解放された三人は、仕事と女とパーティーの独身貴族生活に舞い戻ったが、何故かマリーのいない生活、仕事にも女にも気が入らず、消沈の虚ろな日々。ピエールなどは体調まで崩し、ベッドに突っ伏す始末。そう、彼ら三人共、育児の大変さと幸せの中、マリーを心から愛していたのであった……。

    生後六ヶ月の赤ちゃんをマンションの部屋のドアのところへ置きっぱなしにしたまま六ヶ月も海外へ行ける母親というのも、当初はどうかと思ったが、監督の以下の一言で世の男は玉砕。「でも、今迄男性は女性に対してああいう仕打ちをしてきたのです」(コリーヌ・セロー)。……そう、モデルのシルヴィアは、もちろんニューヨークで仕事があるということもあったが、自分勝手なジャックに対する仕打ち、という意味合いでジャックに育児をさせたかったのではなかったか。確かに「玄関に赤ちゃん」という行為は推し量りかねるものがあるが、世の男達が育児と家事を押しつけ、女性が育児ノイローゼになるという図は、当節の日本でも良く見受ける光景だ。
    右往左往しながらも、次第に育児の大変さの中に「幸せ」を見出してゆく男達。男のみならず女までもがジェンダーの役割分担に納得している現状に、少なからず風穴を開けようとする監督の狙いは大成功だ。破顔のジェンダー解放歌である。俺自身、観劇中、何度も胸を打たれしみじみとしてしまったのであった。
    そして何よりも、赤ちゃんマリー(グウェンドリーヌ・モーレ)のたまらない可愛らしさ。主演女優賞を彼女に!
    なお本作、手の早いハリウッドが悲惨なリメイク版『スリーメン&ベイビー』(1987年。レナード・ニモイ監督)を即座に作っており、しかも『スリーメン&リトルレディ』(1990年。エミール・アルドリーノ監督)という続篇(数年後篇)までちゃっかり世に出ている(相変わらず演出・演技・台詞は寒いが、続篇の方がややマシ)。
    またコリーヌ・セロー自身、パパ三人組を同じキャストにして、実娘マドレーヌをヒロインに抜擢した続篇『赤ちゃんに乾杯!-18年後』(2003年)を作っている。
    「本質的に私は人に物語を聞かせるのが好き。映画を作る動機は、人にお話をすること。成功かどうかではない。一人の人間に向かって語り、その人と触れ合おうとする。裏が出るか表が出るか。それだけよ」(コリーヌ・セロー)