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ライフ・イズ・ビューティフル
  (1997年 イタリア)
  監督: ロベルト・ベニーニ
  原題: LA VITA E BELLA(LIFE IS BEAUTIFUL)
  主要舞台: イタリア
    発売元:アズミック
販売元:角川エンタテインメント
商品番号:ACBF-10288
価格:¥2,500(税込)

  「9・11」以降、「対テロ戦争」を口実にした為政者達の蛮行が目にあまる当節。しかも、アフガニスタン、イラク、パレスチナ、チェチェン、アチェ、西パプア、チベットと、具体的な侵略の現場のみならず、その後衛たる反戦運動や異教徒への弾圧強化が世界的な潮流だ。とんでもない暴挙である。
  例えばここ日本なら、このところ横行している「プチ逮捕」。反戦運動側の萎縮効果を狙った身柄拘束や家宅捜査など、民主主義国家とは思えない、警察、検察による酷い弾圧状況が一気に加速している。一昔前なら弾圧の対象は「新左翼系活動家」「カルト宗教家」あたりと相場が決まっていたが、2004年の「立川反戦ビラ事件」以降、共産党員、ボランティア、市民運動家、そして最近では僧侶(※)にまで、その弾圧の対象範囲は広がっている。
  異議申し立てを一切許さない独裁。平和憲法改悪。共謀罪……。先の「コイズミ喜び組選挙」(2005年9月)で、そのようなことを日本の選挙民(というより「視聴者」?)がコイズミに白紙委任した訳ではないのだが、一切の反対意見に聞く耳を持たず封じ込めるコイズミのやり方は、そのまんま、市民の日常生活の現場にも降りかかり始めている。
  半世紀を経て、今の世情を見事に言い当てている、ドイツのルター派神学者マルチン・ニーメラーの有名な言葉が想起される。
  「ナチスが共産主義者を弾圧した時、私は不安に駆られたが、自分は共産主義者ではなかったので、何の行動も起こさなかった。その次、ナチスは社会主義者を弾圧した。私は更に不安を感じたが、自分は社会主義者ではないので、何の抗議もしなかった。それからナチスは学生、新聞、ユダヤ人と順次弾圧の輪を広げていき、そのたびに私の不安は増大した。が、それでも私は行動に出なかった。ある日、ついにナチスは教会を弾圧してきた。そして、私は牧師だったので、行動に立ち上がった。しかし、その時はすべてがあまりに遅すぎた」(マルチン・ニーメラー)
  古今東西、国家権力のやり方にさしたる変化はない。「ゆで蛙」の話のごとく、じわじわとゆっくり水温は上げられてゆくのだ(蛙を熱湯に入れても飛び出して逃げるが、蛙を水に入れて徐々に沸騰させるとその蛙は死ぬ。その例え)。何となく平和がある、という日本的風景は、もはや過去のものになりつつある(『風音』の項参照)。

  本作『ライフ・イズ・ビューティフル』は、喜劇俳優ロベルト・ベニーニの監督・脚本による、言わずと知れた世界的大ヒット作。欧米であまた量産され続ける「ナチスもの」の中でも、極めて異彩を放つ戦争喜劇だ。
  ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を、ユーモアを交えながら告発する本作のベニーニのやり方は、リアリズム追求の論点から、多くの批判を呼び寄せもした。が、しかし、弾圧迫害される側が、何も想像せず、抵抗もせずに死んでいく訳ではない。そこには人間がいる。恋をし、季節を感じ、笑い、呑み、歌い、踊る、あまたの人間がいる。父親が強制収容所の経験を持つベニーニは、ややもすればとっぴないと思われるシナリオをもってして、人間主義と国家権力を(大雑把ではあるにせよ)明瞭に対置させ、観る者の心に深く「一つの物語」を刻み込ませる戦法を取った。
  ベニーニの次作、教訓劇『ピノッキオ』(2002年。カルロ・コルローディ原作『ピノキオの冒険』の映画化)では、ベニーニの大雑把なヒューマニズムが空回りしている感もあったが、本作『ライフ・イズ・ビューティフル』で強調される、極限状態の絶望の中で幾たび再生される積極的人間性のありかは、まさに愛の人、ベニーニであるからこそ触れ得る世界。そして何よりも、自身による演技が素晴らしい。ユーモアとペーソス、そして想像力が導く人間賛歌に乾杯だ。弱点もあるにはあるが、まずは心をサラにして観たい。

  舞台は1937年、イタリア・トスカーナ地方の小さな町アレッツォ。陽気なユダヤ系イタリア人のオレフィッチ・グイド(ロベルト・ベニーニ)と美しい小学校教師ドーラ(ニコレッタ・ブラスキ。ベニーニの公私にわたるパートナー)の運命的な出会いから物語は始まる。いちいち思いもよらない滑稽な方法で自分の面前へ登場するグイドに、ドーラの心は奪われ、やがて二人はめでたく結ばれる。
  しかし、時はムッソリーニによるファシズム政権下。一粒種ジョズエ(ジョルジオ・カンタリーニ)に恵まれた幸せな生活も、ひたひたと迫り来るユダヤ人迫害の嵐に巻き込まれてゆく。そしてジョズエの五歳の誕生日の日、一家はユダヤ人強制収容所に連行されてしまうのであった。
  絶望的な収容所の生活。しかしここからが本作の白眉だ。グイドは、幼いジョズエに悲惨な現実を悟らせない為、この収容所生活が「ゲーム」なのだと決死の嘘をつく。とにかく、生き抜いて「得点」を稼げば戦車がもらえるのだと、グイドはジョズエに吹き込み続けるのだ。「軍服を着た悪者に見つからないようにかくれんぼをするんだ。最後まで見つからなければ、ご褒美に本物の戦車がもらえるんだ。泣いたり、ママに会いたがったりしたら減点。いい子にしていれば点数がもらえて、千点たまったら勝ち。勝ったら、本物の戦車に乗ってお家に帰れるんだ」
  「ガス室」へと送り込まれ、所内から減ってゆくユダヤ人達。連日の肉体労働に空腹。絶望の日々が続く。しかしグイドは、ひたすら笑顔で明るく振る舞い、幼いジョズエにこれが「ゲーム」なのだと固く信じこませるのであった……。

  ナチス・ドイツがユダヤ人やロマ(ジプシー)、障害者、政治犯などを収容した強制収容所には「強制労働収容所」と「絶滅収容所」の二種類あり、グイドらが入れられたのは後者の「絶滅収容所」だ。ポーランド領内だけに作られた「絶滅収容所」には、数百万人が計画的に殺された「ガス室」「死体焼却炉」があり、アウシュビッツやビルケナウ、トレブリンカ、マイダネクなどが知られている。アウシュビッツの「ガス室」では一日に三百五十人が殺され、その犠牲者の総数は百万人以上にのぼっている(『夜と霧』『灰の記憶』の項参照)。
  当時、イタリア在住のユダヤ人は四万五千人。その内、ナチスの強制収容所に連行されたのはおよそ八千人。生還した者はごく僅かだ。
  2005年1月27日、アウシュビッツで「解放六十周年記念式典」(世界四十四カ国の政府代表と千人強の生存者が参加)が開かれたが、その場でプーチンは「アウシュビッツを二度と繰り返してはならない」と演説し(どの口で!)、ポーランド人の元収容者は「二度と起きぬよう、民族や宗教を超えた相互尊重と寛容の重要性を、若い世代に伝えていかなければならない」と訴えた。欧州人達のその思いが、チェチェンやパレスチナへと向かうことを切に願う(無理な注文か?)。
  なお本作、前述したように弱点もある。ジョズエ救出の解放者を米軍とのみ設定し、「ファシズムと勇敢に闘った連合国」という形骸化したイメージに対して無批判である点だ(今やこの図式の脆弱さは、ここで述べるまでもないだろう)。アカデミー賞を受賞出来るレベルの歴史認識でしかない、という言い方も可能である点は、やはり指摘しておきたい。

  「僕のようなコメディアン的な男が強制収容所という極限状況に置かれる。このアイデアには自分でもびっくり仰天した。クラクラしたよ。怖くなったぐらいさ。大量虐殺の現場にコメディアンがいるなんて、何とも逆説的だ。だからといってひるむ訳にはいかない。そんな映画を作る勇気はない、なんて言いたくなかった。それ程魅了されたんだ」(ロベルト・ベニーニ)

(※)2005年10月29日、米軍嘉手納飛行場第2ゲートへ出入りする米兵の家族らに反戦ビラ(「PRAYER FOR PEACE AND LIFE」と題された英文のチラシ)を配布中の僧侶達(日本山妙法寺)が、やり取りの中で沖縄署の警官により不当逮捕(公務執行妨害容疑)された人権侵害事件(11月17日釈放)。