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ファルージャ 2004年4月
  (2005年 日本)
  監督: 土井敏邦
  原題: FALLUJA 2004.4
  主要舞台: イラク
    取材・撮影・編集:土井敏句邦
制作:土井敏邦
価格:¥3,500(団体¥10,000)
ファルージャ2004年4月ホームページ

  2005年10月26日、日米政府は、ウチナンチューの圧倒的な米軍基地県内移転反対の声を無視し、アメリカ側が大幅に譲歩したという形(辺野古沖は断念)を取りながら、普天間飛行場の移転先をキャンプ・シュワブ辺野古沿岸部とする案で合意した。
  コイズミは、「沖縄以外の何処に基地を持っていくか政府は考え、自治体に相談しなければならないかも知れない。沖縄の基地負担軽減に賛成なら、沖縄以外も“自分達に持ってきてもいい”と責任ある対応をして貰いたい」と言いながら、本土自治体への打診すら行っていない。結局、コイズミにとって沖縄のことなどどうでもいいのだ(アメリカの意向を実現するのが奴の仕事)。麻生外相に至っては「沖縄は日本の中で非常に防衛上、重要な地位を占めている」と、これまた人ごと(「創始改名は朝鮮人が望んだ」発言で知られる男。今、こんなのが日本外交のトップなのだ)。とどのつまり、沖縄の人々がいくら県外・国外移転(米軍基地の削減・撤去)を望もうとも、日本政府は、戦前・戦中・戦後、一貫してとってきた差別的態度、負担をひたすら沖縄のみに押しつける態度を、一切変えるつもりなどないのである(『風音』の項参照)。
  11月7日には、米海兵隊マイケル・ヘイギー総司令官が「第二次世界大戦を沖縄で終え、朝鮮戦争後も沖縄にとどまった。それが今沖縄にいる理由だ」という、ウチナンチューの声を聞く気などさらさらないふざけた見解を述べ、縮小はおろか、沖縄の米軍機能強化、基地拡大への危機感は高まり続ける一方だ。
  もはや「沖縄の中に基地がある」というより、「基地の中に沖縄がある」といった様相。誰が日米安保を必要としているのかを考えてみればいい。どう考えても沖縄の米軍基地は本土がすべて引き受けるべきなのだ。
  そして今、何よりも問題なのは、「沖縄の空はイラクの空と繋がっている」ということ。2004年の4月と11月に展開された、米軍によるイラク・ファルージャの大規模な攻撃は、沖縄のキャンプ・シュワブとキャンプ・ハンセンで訓練を積んだ米兵1600人(4月)と、第31海兵遠征部隊2200人(11月)によって行われていたのだ。また、イラクの空を飛び回っている米軍のF15戦闘機の幾つかは、ペルシャ湾経由で出撃する、普天間基地に配備されている戦闘機なのである。2004年8月に沖縄国際大学へ墜落した米軍のヘリコプターCH53型機も、ファルージャの空を飛び回っているということだ。そう、沖縄の空とイラクの空には同じ軍用機が飛んでいるのだ。あの騒音・爆音がひねもす与える苦痛を、沖縄とイラクの市民は共有しているのである(綿井健陽氏の講演から)。
  日本人が「イラク戦争への加担」を考える時、もはや、日本政府のアメリカ支援や自衛隊のイラク派遣のみならず、具体的に殺戮に参加している、という視点が必要になってきている。まったく、人ごとではない(憲法9条はむろん変えるべきではないが、ことは法律の文言にあるのではない。大事なのは、憲法9条があっても既に「そういうこと」をやっているというところにある。仮に、日本政府に「新憲法」を与えようとも、同じ類いの輩がまたぞろ憲法違反を繰り返すのは目に見えている)。

  本作『ファルージャ 2004年4月』は、そのファルージャで25日間にわたって展開された、米軍数千の兵力による民間人大虐殺(死者およそ730人。内25%が子供、他の25%が女性。負傷者2085人)を記録した、日本のフリーランス・ジャーナリスト土井敏邦氏によるドキュメンタリー映画だ(ファルージャ侵攻の記録を残す会)。戦争終結宣言の四ヶ月後の2003年8月と、第一次ファルージャ侵攻終結後の2004年5月に記録されたファルージャ住民の証言から、経緯・侵攻・抵抗・被害の、戦慄の実態をまとめている。
  「せっかくドキュメンタリー・ビデオを制作するなら、歴史の証言として長く耐えられる質の記録映像にしたいと思いました。また、単に4月侵攻の被害状況だけではなく、ファルージャ住民の反米感情の原点となった米軍のデモ住民銃撃事件など、私がその前年にファルージャで取材した素材や報道写真などを加え、米軍侵攻に至るまでの過程をも加えた複眼的な記録ビデオにしたいと考えました」(土井敏邦)
  映像を観てもらえれば十二分に分かるが、「世界にこの実態を知って欲しい!」というファルージャ住民の絶唱が、55分の悲痛な映像に詰まっている。家族や愛する者を理不尽な形で失ったばかりの殆どの人々が土井氏の取材に協力的なのも、「自分達の声を日本人に伝えて欲しい!」との強い思いあってのことだろう。

  ファルージャは、首都バグダッドの西方約六十キロにある、スンニ派が多く住む町。隣国ヨルダンのアンマンとバグダッドを結ぶ長距離トラック運送の拠点、人口およそ30万人の比較的大きな町だ(東京の町田市や大阪の高槻市、愛知の岡崎市あたりの規模の町で大虐殺があったという想定が出来る)。2003年4月28日に住民十七人が米軍に学校で銃殺されて以来、米軍が市内に入ることすら出来ない、抵抗の激しい、ある種のアジールであった。
  映像は、まず2003年8月段階での住民のアメリカに対する憤りが語られ、第一次ファルージャ侵攻の序章となる2004年3月31日に起った四人のアメリカ人惨殺事件が映し出される(土井氏らの取材によって、日本のマス・メディアでも大々的に報道された)。そして、その五日後の4月4日、米軍はファルージャを完全包囲するのだ(第一次ファルージャ侵攻のさなかの4月8日、高遠菜穂子さんら三人の日本人の「人質事件」の第一報がアルジャジーラによって伝えられている。その後の日本政府の醜い対応、日本国内の酷い世論は周知の通り)。
  以下の引用は、2004年5月、第一次ファルージャ侵攻終結直後の住民証言の一部だ。
  「妻と幼い娘二人(六歳と四歳)を失った。4月8日午前3時頃、突然ミサイルを打ち込まれた。妻は両足が切断され、左足が失われていた。顔も口から左側が裂けていた。頭の中には爆弾の破片が入っており、二日後に死んだ」(最も激しい攻撃のあったジュラン地区、家族の大半を失ったジュマ・ハッサン)
  「娘(十五歳)は後頭部を撃たれた。その部分はなくなり、脳が飛び出していた。息子(八歳)も頭を二発撃たれ、即死だった。二つの穴が頭部を開き、息子が膝に倒れ込んだ時、その穴から中の脳が見えていた。寝ていても、座っていても、何をしていても、子供が私の膝の上で血まみれで横たわる光景を思い出す。最初は怒りと悲しみに打ちひしがれていた。今はすべてを神の手にゆだねている。私は子供を失った多くのファルージャの女性の一人に過ぎない」(アスカリ地区、米軍狙撃兵に子供二人を銃殺された母ザヒーハ・オベッド)
  「この家ではおよそ二十九人が殺された。女性と子供達全員がここにいた。眠っていた者もいれば、お喋りをしている者もいた。私の家族で生き残ったのは私だけです。妻も子供達も殺された。(指差しながら)あの男の妻と息子も殺された。その妻のおなかにいた胎児も死んだ。家族が住む地区は戦闘が激しく、ここが安全だと思って、みんな避難していたのです。(中略)しかし突然、戦闘機がやって来て爆撃した。(中略)女性や子供達が避難する部屋の天井が崩れ落ち、中にいた女性や子供達はほぼ全員が殺された。(中略)女性は髪や服の色で(遺体)識別した。顔が半分なかったり、首が切断されている遺体もあったから。弟は身体半分が切断され、上半身がなくなっていた。血だらけで、足から弟だと識別出来た。子供も身体が切断されていた。遺体を並べて、身体の特徴から名前を判別した。娘達も髪や腕から識別した。顔に爆弾の破片が刺さっていて、判別できなかった。顔半分がなくなっている者もいた。弟の妻は、裂かれた背中から胎児が飛び出ていた……」(ジュラン地区、一族が避難していた民家を爆撃された家の主人アリ・ザーヒ)
  「(家を案内しながら)戦闘機がクラスター爆弾で破壊した部屋です。他の部屋も破壊された。あれ(穴のあいた天井)を見て下さい。この部屋で家族が寝ていた。武装勢力など、全くいなかった。(移動して)この部屋では二人の子供が殺された。これは殺された娘の血です」「これは亡くなった兄の財布です。中の身分証明書と約350ドル相当の金を米兵が盗んだ」「最後に米軍が来て“アイ・アム・ソーリー”と言った。“すいません”は何の役にも立たない。死んだ者は、戻ってはこないのだから」(4月24日、農村部ナイミア地区で、農家の家族十三人を爆撃により殺された、一家の主人ハイテム・アルマシュハダニ)
  「(米兵によって)遺体がなぶりものにされていた。銃撃された後、首を切られている遺体もあった。腕や足がナイフで切断されていた。腹が切り裂かれ、内蔵が取り出されている遺体もあった」(診療所の職員アユーブ・ハマディ)
  「子供や女性は“戦士”ではない。第二に、米軍の攻撃は大半が家屋に対するものだった。さらに、ファルージャの住民はは戦闘に反対していた。そんな彼らを“戦士”と呼ぶなら、そちら(欧米のメディア)の勝手です」(ファルージャ総合病院の副委員長アブドゥル・アルハディティ)
  「病院も三度、米軍の攻撃にさらされた。ヘリコプターからの爆撃や兵士の狙撃によって。米軍は、病院も、一般住民も、武装戦士達も、区別することなく攻撃した。ここは病院で、患者がいることは分かっていながら攻撃したのです」(私立病院の院長ターレブ・アルジャナビ)
  その他、生き残っても、クラスター爆弾で家族全員と自らの片足を失った者、停戦後の銃撃でペニスと睾丸を失った十二歳の少年、瞳以外の身体の機能が麻痺して全く動くことの出来ない十五歳の少年、などが報告され、焼けて乾燥した遺体、農家の壁に付着する肉片と髪の毛、床にこびりつく血痕、ミイラ化した遺体の一部、凄惨を極めた医療現場、破壊された救急車、500人以上の犠牲者が眠る集団墓地(元サッカー場)……などが映し出されてゆく。
  紛れもなく、我々が止めることの出来なかった(或は傍観した、或は推進した)「イラク戦争」の実態がここに厳然とあるのだ。
  すべての日本人はもとより、全人類必見の本作、DVD・VHSで発売中。申し込み・問い合わせはこちら(www.doi-toshikuni.net /blog /archives /000025.html)。綿井健陽氏による『リトル・バーズ 〜イラク 戦火の家族たち』 (2005年)の「続篇」として、合わせて観て頂きたい(そして広めて欲しい!)。彼ら、戦場フリー・ジャーナリスト達の真摯な活動を支援する意味でも、是非購入して欲しいのだ。
  現在「英訳版」も制作中らしく、アメリカでの公開も視野に入れている。今、「イラク戦争」について語るすべての日本人は、本作の映像に向き合う責任がある!  ホントに!

  「破壊された人間の身体を前に、それを破壊した人間は、“I'm sorry”と言えるのだろうか。それを言う時、人の心はどのくらい破壊されているのだろう。聞かされる時は」(いけだよしこ)
  「アラブの国でも米国でも、イラクに軍隊を送ったどんな国でも、我々は“敵”とみなす!  例え日本でも敵です。日本がファルージャの住民殺戮に加担したとみなす!  奴らはイラク人を助けてなどいない。このモスクの街で、住民を傷つけ、この街を破壊しようとしている。家族が家を追われ、住民が殺されている。どこに“民主主義”があるというのか?  外国の軍隊は、我々を助けるのではなく、ただ殺している。サダム時代のように。誰が日本の軍隊をイラクに連れてきたのか。米国だ。米国は世界の敵だ!  日本はなぜスペインのように撤退しないのか。日本の軍隊とスペインの軍隊とどう違うのか?」(ファルージャのある市民)