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イブラヒムおじさんとコーランの花たち
  (2003年 フランス)
  監督: フランソワ・デュペイロン
  仏題: MONSIEUR IBRAHIM ET LES FLEURS DU CORAN
  主要舞台: フランス
    発売元:ハピネット・ピクチャーズ/アット・エンタテインメント
販売元:ハピネット・ピクチャーズ
商品番号:BIBF-5516
定価:¥3,990

  海外へツアーに行くと必ずすることがある。表通りから横道にそれ、ひなびた裏通りや路地をあてもなく歩くのだ。大抵海外ツアーの場合、気を抜いていると、メンバーやスタッフとの限られた時間内の行動に拘束されたまま慌ただしく帰国する、ということになってしまう。夜更けまで呑もうが、昼過ぎからライヴがあろうが、とにかく早起きをして裏通りを歩くのだ。何がある訳でもない。ただ、ツーリストに目配せを送るかのごとき厚化粧された都市風景からそれることによって、すっぴんのくだけたその街と出会えるような気がするからだ。
  香港、ピョンヤン、ダナン、マニラ、プサン、ソウル、ディリ、デンパサール、ダブリン、ロンドン、バース、パリ、レンヌ、アルル etc……、思い出される風景は、それぞれがそれぞれの愛おしい表情を持っている。会釈する人。笑う顔。疲れた店主。ペイントの剥げた看板。アジ・ビラ。犬の彷徨。口論。付きまとう子供。嗅いだことのない臭い。客引き……。生涯「よそ者」である俺にとって、田舎でも都会でも観光地でもないそんな草臥れた空間は、何故か常にえも言われぬ不思議な居心地を与えてくれるスイート・スポットなのだ。いわば、探索の労なくして、素敵な交響する雑音のたゆたいに出会える、とでもいう感じか。実に安上がりな趣味なのである。
  本作『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』の舞台も、そんなひなびた裏通りだ。客引きをする娼婦。移民の店主のヨロズヤ。駆け抜ける子供達。とぼとぼ歩く老人達。ツーリストに見せる気のない、パリの雑然たる風情が実にいい。

  舞台は、1960年代初頭のパリ9区、ユダヤ人街のブルー通り。
  街角には客引きの娼婦が立ち並び、ユダヤ人の貧しい十三歳の少年モモ(ピエール・ブーランジェ)は、なけなしの貯金をはたいて童貞を捨てるのであった。
  モモの毋は音信不通、毎日疲れ切って帰宅する父はまったく息子に愛情を注ぐ気がない。娼婦を買う為に夕食用の駄賃をくすねなくてはならないモモは、年老いたトルコ人イブラヒムの食料雑貨店で日ごと万引きを繰り返すのであった。
  イブラヒム(オマー・シャリフ)はイスラム教徒。ひねもす孤独な店番が人生である。そんなイブラヒムは、モモの万引きをとがめず、ある日、「盗みを続けるならうちの店でやってくれ」と言うのであった。イブラヒムは、笑顔を知らない孤独な少年モモを守護天使のようにずっと見守っていたのだ。
  こうして始まった二人の交流。モモの孤独や厳しい生活を見通していたイブラヒムは、生活の知恵、いたずら、コーラン、笑い方などを教える。「笑ってごらん。幸せだから笑うんじゃなくて、笑うから幸せになるんだよ」「たとえ君の気持ちが届かなくても、彼女を愛した気持ちは君のものだ」「宗教は考え方の一つでしかない」
  やがて二人の間には、世代も人種も宗教も乗り越えた深い絆が芽生えてゆく。モモは、父親からは得られない大きな愛情を注いでくれるイブラハムとの時間に、それまで味わったことのない幸せを感じるのであった。
  そんなある日、モモの父が仕事をクビになり、蒸発。しばらくして鉄道自殺をしたという知らせがモモに届く。親を失い独りになったモモは、意を決し、自分を養子にしてくれるようイブラヒムに頼むのであった。勿論、イブラヒムは大喜びだ。
  店を売ったイブラヒムは、その金で運転免許を取り、赤い派手なスポーツ・カーを買って、いざモモを引き連れ、故郷のトルコへと出発する。フランス、スイス、アルバニア、ギリシャ、そして「黄金の三日月地帯」トルコへ。闇から光へ、新生活に胸弾ませる二人であった……。

  親の愛に恵まれず、孤独な思春期を迎えていたモモは、優しいイブラヒムに父親像を、温かく包み込んでくれる娼婦達に毋親像をみてとったのではないか。笑い方をイブラヒムに教えてもらうシーンは、モモの不遇で沈欝な家庭生活を想起させて、実に切ない。
  一方のイブラハムも、妻を亡くし、人生の晩秋を独り寂しく迎えていた。モモに限りない愛情を注ぐことによって新たな生き甲斐を見い出し、孤独な店主生活から抜け出すことが出来たのだ。
  そして何と言っても、本作はユダヤ人とイスラム教徒の物語である。「9・11」以降の「対立」生々しい移民大国のフランスで、本作が圧倒的な評価と集客を得たことも感慨深い。今まさに世界は、異なる者同士の、和解と寛容の素朴な物語を必要としているのだ。
  本作で見事な復活劇を遂げたのは、『アラビアのロレンス』(1962年)のペドウィンの族長役、オマー・シャリフ。三分の一世紀の間、良い脚本に出会えず、トランプ(プロ!)と馬とルーレットと酒に時間を費やし、ここ数年間は実質引退状況にあった彼の心を揺り動かしたのが、本作『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』の脚本であったのだ。
  「『13ウォーリアーズ』の小さな役をやったあと、私はこう考えた。“この食費稼ぎは馬鹿げている。私を熱狂させ、驚愕させ、居たたまれなくなって家から飛び出したくなるような映画である場合を除いては、映画の仕事は辞めよう”と。しかし、人生、何が起こるか分からないね。カイロでバケーションを過ごしていた時、この映画の脚本を持って行ったのだが、私はカイロからすぐに電話を入れた。脚本に強く心を打たれたからだ」「私にはささやかなメッセージを送る機会があるように思えるんだ。私はアラブでは名が知られていて、彼らは私を随分愛してくれている。だから私は彼らに伝えることが出来るんだ。“ねえ、ユダヤ人と一緒に暮らせるんだよ”“ユダヤ人を愛せるんだよ”“我々が一緒に暮らすのは不可能じゃないんだよ”“黒人、白人、ユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒。そんなことは重要じゃないんだ。違いはないよ”」(オマー・シャリフ)

「人の間に存在するバリアはすべて人間によって作られた作りものだ。だからベルリンの壁のように壊すことも出来るんだ」(フランソワ・デュペイロン)