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ナヌムの家
  (1995年 韓国)
  監督: ビョン・ヨンジュ
  原題: NAJEUN MOKSORI(THE MURMURING)
  主要舞台: コリア

  日本の右派による歴史的事実の歪曲も、いよいよナチス流「嘘も百回繰り返せば真実となる」(ゲッベルス宣伝相)といった具合で、アベやイシハラのようなニセ右翼政治家(或はその子分学者や御用文化人)に代表されるような恥にまみれた自慰史観のファシストが、日常的にマスコミを通して妄言を繰り返すことの出来る状況になってきている。勿論、地球には様々な種類の人間がいる訳だから、奴らのような人間が地球上に棲息すること自体は取り立てて問題ないが、難儀なのはああいった低レベルな輩を選挙民が選択することにこそある。まさしくこれは「民度」の問題としか言いようがない。
  「南京大虐殺はなかった(それほどでもなかった)」「日本は植民地にいいこともした」「大東亜戦争は欧米のアジア植民地解放に貢献した」などなど。そして何よりも酷いその極めつけが「日本軍慰安婦(※)」に対する、以下のような「セカンド・レイプ」とも言える数々の品性下劣な妄言だ(引用するだけでもムカムカするが、こういった輩の卑しいたわごとは、奴らの「名誉」にも関わるので、「記録」に値する)。
  「軍は戦地への交通の便を図ったかもしれないが、強制連行なんてしていない。当時は公娼が認められており、(慰安婦は)商行為として行われた」(奥野誠亮)。「彼女達が今は功なり名遂げミリオネア(金持ち)になっていたらそんなことは恥ずかしくて言い出せる訳がない。依然として貧乏しているから、これで少しでも金が入ればいいという思惑で、今度は肉体ではなしに自分の名誉を代償にして稼ごうとしているだけです。そういう人間の卑しい本性に引きずられて教科書に載せる必要が一体どこにあるのか」(石原慎太郎)。「慰安婦は当時の公娼であって、それを今の目から女性蔑視とか、韓国人差別とかは言えない」(永野茂門)。「最近の歴史教科書から従軍慰安婦や強制連行のような表現が減ったのは本当に良い結果だ」(中山成彬)。「強制連行がはっきりしない為、教科書に載せるのは不当である」(中川昭一)。「従軍慰安婦は歴史的事実ではない」(板垣正)。「日本軍でない売春業者が募集した。募集をしたのも大部分が韓国人や中国人だ」(島村宜伸)。「当時の公娼の価値観に準じてつくった合理的なものである」(小林よしのり)。「いま韓国では従軍慰安婦らが定期的に日本大使館前でパフォーマンスをしている。しかし彼女らは北朝鮮工作員という話を聞いた。自分もそう思っている」(藤岡信勝)。
  あまりの酷さに開いた口が塞がらないが、こういった品性下劣な暴言を(同じ日本人が)放置したツケは確実に回ってきている。例えば「歴史教科書問題」一つとっても、自慰的愛国主義の蔓延は深刻だ。先頃の、来年度(2006年度)から使われる中学校用歴史教科書の検定では、ことごとく「日本軍慰安婦」の記述(「三光作戦」「七三一部隊」など、日本の加害の史実全般)が削除、ないしは大幅削減されている。当節東アジアに広がりつつある「反日」の気運も当然といえば当然。最低限の一人の人間としての想像力すら持ちあわせていない自己中心主義者達にまともな外交など望むべくもない(『鬼が来た!』の項参照)。
  真の意味での「民族の誇り」など理解出来ない者達が、ここにきて急激に「愛国」を語る滑稽。まあこれは一種のブームみたいなものだが、過去に目を塞ぐ者に未来などないのは自明の理だ。過去の加害行為を真摯に謝罪し、その反省に基づいたところにある反戦平和を実践する態度こそが、本来「民族の誇り」に繋がるのである。日本の右派のたわごとなど、世間知らずのマザコンのオナニーでしかない(しかし子供達の未来の為にもこの問題は切実だ)。

  1997年8月、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットがフィリピン・マニラのスモーキー・マウンテンへ演奏に行った折、その船旅の道中(ピースボート)、フィリピン人の元「日本軍慰安婦」のおばあちゃんと話す機会があった。レイプされる毋親の叫び声を隣室で聞かされた話、一日に二十人以上の日本兵を相手しなくてはならなかった話、戦後(解放後)も胸中の辛い記憶と闘い続けなければならなかった話、などなど、それはもう、聞くのもしんどい凄惨な体験の勇気ある告白であった。そしてその時に痛感したのは、「日本軍慰安婦問題」は単に戦争被害や歴史観の問題であるばかりでなく、普遍的なジェンダーの問題でもある、ということだ。上記の「日本男児」達の発言、加えてそれらを結果的に放置し続ける「日本男児」達の態度。いわば「従軍慰安婦問題」はそのまんま「日本男児問題」なのである。あまりに情けない。

  先頃、元「日本軍慰安婦」のハルモニ(おばあちゃん)達が共同生活をする、韓国の社会福祉法人「ナヌムの家」の日常を追ったドキュメンタリー映画『ナヌムの家』の上映会と、その「ナヌムの家」に住む元「日本軍慰安婦」、イ・ヨンス(李容洙)ハルモニの証言集会があった(halmonee.hp.infoseek.co.jp)。
  大邱(テグ)生まれ(1928年)のイ・ヨンスさんは、1944年、16歳の時に「軍服みたいな服を着た男」によって連行、台湾への移動中の船中で日本兵達に繰り返し強姦され、台湾で「日本軍慰安婦」としての生活を三年間強いられた。「慰安所」では、ひねもす多くの兵士の相手をさせられ、抵抗すると身体に電流を流されたり丸太で叩かれたりの暴行を受ける毎日。アジア全域に広がる、多くの日本軍による性暴力被害者達同様、想像を絶する卑劣な残虐行為を受けている。彼女達の多くは、長年罪悪感や自己軽蔑感に苛まれ、1990年代に入って名乗り出るまで、酷い記憶と闘いながらひっそりと生きてきた(辱められたと考える被害者達は、辛い過去を胸にしまい込み、名乗り出ないケースが多いのだ。それをいいことに被害者の数を少なく見積もり、セカンド・レイプに興じる歴史改竄主義者の下劣さは度を越している)。彼女達が日本政府に求めているのは、ただひとえに真摯な謝罪と、その誓いに立った言動、態度なのである。イ・ヨンスさんは、酷い拷問による病気を身体中に持っているが、人間の尊厳の為、次世代の平和な未来の為、今も積極的に行動を続けているのである。

  ビョン・ヨンジュ監督(撮影開始当時二十七歳)の映画『ナヌムの家』は、戦後半世紀、封印されてきた史実を未来へと引き出す重要なドキュメンタリー作品だ。1937年以降、「日本軍慰安婦」という名目で性奴隷化され、解放後も苦しみながらひっそりと暮らしてきた九人のハルモニ達の記録である。1993年から1995年までの「ナヌムの家」を映し出した本作は、人間の尊厳、心の深淵に横たわるトラウマを冷徹に、しかし優しく魂をもってして描き出している。全編を通して、ぶれないカメラを支えているのは強固な信頼関係だ。
  カメラは、ただひたすらハルモニ達の傍に寄り添い、決して話を誘導したりはしない。そしてやがて、心を閉じていたハルモニ達の、半世紀もの間、心の中にしまい込んでいた悲しみが、涙とともに、まるで「昨日のこと」のように、言の葉となってこぼれ落ちてゆくのである。
  辛い記憶。涙。デモ。炊事。花札。身体の痛み。唄。笑い……。
  「こんな生活もうイヤだ。兄弟も子供も飯もいらない。早く死んでしまいたい」「名乗り出なければこんな苦労はしなかった。山奥で一人で暮らす」と言いながらも、「日本人がまたいつか朝鮮の娘達に同じことをするかも知れない。だから今、私達は事実を明白にする責任がある」ときっぱり言うハルモニ達。
  悩みもがきながらも力強く生きる彼女達に対して、今を生きる我々日本人(の男)に「出来ること」は、まさしく「誠実に向き合う」ということに他ならない。残り少ない彼女達の時間に、「誠実に向き合う」こと。彼女達の心の平穏は、今を生きる我々日本人の魂の有り様に、そのまま直結してあるのだ。改憲キャンペーンの暴風雨の中、彼女達の存在・声を打ち捨ててきた我々日本人は、まさしく今、「生き方」を問われているのである。
  それにしても、ハルモニ達、よくぞ生きててくれました、ホント出会えて良かったよ!

  「日本政府はあやまちを認め、それを文章で表して欲しい。私達は、お金を稼ぎに行ったのでもなく、自発的に行ったのでもない。騙されて行ったのです。それが、今でも胸が痛む。その痛みを胸に抱えたまま死んでいくのが、とても辛いのです」(キム・スンドク/金順徳・元「日本軍慰安婦」)
  「日本に対して納得出来ないことが多く、私の人生が無念でならなくて、話をするだけでもと、私が慰安婦だったという事実を話すようになりました」(ムン・オクチュ/文玉珠・元「日本軍慰安婦」)
  「戦争や日本軍へだけではない。ハルモニ達を罪人のように冷たく扱ってきた私達自身への怒りもある。戦場での女性への暴力行為は、今でもボスニアやルワンダで続いています。ハルモニ達の苦しみは、私自身の苦しみでない訳がない。それを感じてもらえれば」「この映画は、日本や韓国といった国家にこだわらず、踏みにじられた過去について語るに語れない被害者に、生き証人として自分の言葉で過去を語らせるとともに、想像を絶する苦難を生き抜いてきた彼女達の、ある意味では生きていること自体が素晴らしいとも言える現在の姿を日記風に表現したかった」(ビョン・ヨンジュ監督)

※「ナヌムの家」は「分かち合いの家」、原題の「ナズン・モクソリ」は「低い声」という意味。『ナヌムの家』の続編に『ナヌムの家-2』、シリーズ完結編に『息づかい』がある。
※「日本軍慰安婦」
  戦中、日本政府は、日本軍の兵士達の性的欲求を満たす為の場として軍隊慰安所を制度化して、アジア中の植民地や占領地にいる数多くの若い女性達を強制的に前線へ送り、性奴隷の役割を強要した。資料によると、日本兵による強姦事件を防止する為に慰安所は制度化されている。慰安所の入り口には日本語で「身も心も捧ぐ大和撫子のサーヴィス」「聖戦大勝の勇士大歓迎」などの宣伝文句が貼られていた。
  強制動員された朝鮮人女性達は全部で二十数万人に達するも、現在その大多數は亡くなっており、1992年より韓国政府に申告を始めた元「日本軍慰安婦」達も全部で百数十人に過ぎない。このうちの九人のおばあさんが現在、「ナヌムの家」で共同生活している。
  ちなみに「従軍慰安婦」の呼び名は事実に即さない。「日本軍性奴隷」がより正しい。
※「ナヌムの家・日本語公式サイト」www.nanum.org/jap/index.html
※「日本軍慰安婦歴史館後援会」kyoto.cool.ne.jp/nanum/