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NAKAGAWA TAKASHI'S ALL CINEMAS GO FORWARD TO FREEDOM !
JSA
  (2000年 韓国)
  監督: パク・チャヌク(朴賛郁)
  原題: 共同警備区域JSA
  主要舞台: コリア
    発売元:東芝エンタテインメント株式会社
販売元:アミューズソフトエンタテインメント株式会社
DVD:¥5,040
品番:ASBY-1967

  我々ソウル・フラワーの朝鮮半島初上陸は、九年前の1996年、「南」ではなく「北」が最初であった。前年北朝鮮は水害による飢饉が深刻で、「農村に米を持って行こう」というピースボートの企画に同行させてもらったのであった。すったもんだあった挙げ句、ピースボートの尽力により、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットとして、ピョンヤンで二度のライヴ敢行に成功、音楽の前にはただ笑い踊る人間がおる、という「当り前」を北朝鮮でも実感出来たのであった。俺は、受入れ先の金日成社会主義青年同盟に、町なかでの演奏をしつこく希望したが、それはやはり無理というもの。青年同盟の若い子らは、口を開くとお約束のように「主体思想の素晴らしさ」を説くのだが、酒が入ると万国共通、「女」と「下ネタ」で盛り上がるカワイイ子達なのであった。本音を封印せざるをえない彼らの「しんどさ」。まずは出会えただけでも良し、だ(この時の体験は本一冊分になる。またどこかで)。
  二度目は1999年。韓国のプサンの広安里海水浴場で行なわれた『第一回アジアン・ロック・フェスティバル』なる大イベントに、日本語解禁後、公式上初の「日本語ロック・ミュージシャン」として、ソウル・フラワー・ユニオンで出演した。我々の「トラッド・パンク」な楽曲に、波打つ数千のヘッド・バンキング。熱いぞ K-YOUNG!  無理をするな!
  ということで、今回のソウル(2005年3月25日)は三度目の朝鮮半島。「独島(竹島)問題」で再浮上している、メディア煽るところの「反日感情」の暴風雨の中、最高に楽しい数日を過ごさせてもらった。嗚呼、音楽と酒と焼肉の日々よ。とまれ、簡単にいうと、やはり「音楽は越えてゆく」ということなのである。(イベントの詳細&ライヴ・レポートは『コリア・ジャパン・ロードクラブフェスティバル』のサイトを参照 www.jpf.go.jp/club/index.html)。
  実際、「独島(竹島)問題」浮上以降のこの一か月、韓国国内で予定されていたありとあらゆる「韓日共催イベント」が中止され、本イベントの大成功は奇跡的であったようだ。脳天気な俺は、ソウル滞在中、まったくと言っていい程、いやな気分にさせられることなどなく、シモキタのような学生街(弘大地区)で一件だけ見つけた「日本人出入り禁止」の札を貼ったブティックの前でもバッチリ記念撮影をさせてもらったのであった(「○○人お断り」の札なら日本国中至るところにある。「日本人」が対象になることが少ないだけだ)。
  結局、結論から言うと、独島を巡る反日感情なるものは、現行のコイズミ極右政権に対する歴史的な怒りの集積なのだ。韓国市民の多くは、決して「領土のこと」を言っているのではない。
  ひたすら過去の事実に背を向け、再軍備論議に邁進する日本政府。アジア侵略戦争の戦犯を祀った靖国参拝を続けるアメリカのポチ総理。歴史認識メチャクチャな閣僚どもの妄言。具体的に差別発言を繰り返すファシスト都知事。それら亡国的(真の意味で)政治家どもを無批判に放置するマスコミ。そして極めつけが、今回の島根県による「竹島の日」制定だ。この2月22日とは、百年前、日露戦争(二大国による朝鮮半島侵略戦争)終結後、日本が独島(竹島)を領土に編入した、正にその日なのである。韓国市民にとっては、過去の侵略を正当化する尊大な行為以外の何ものでもないだろう(人類という種の存続すら危ぶまれる当節にあって、いまだ国家同士が無人島を取り合うという馬鹿らしさ。独島(竹島)は、非戦の誓いを込めた、両国管理の自然保護区域にするべきなのだ)。

  今回の韓国訪問にあたって、既見未見問わず、韓国映画の代表作を連日観ているのだが、ここで取り上げる本作『JSA』は見ごたえ充分な力作であった。同様に「南北分断」をテーマに据えていた『シュリ』(1999年)の、その興行記録を塗り替えた、という触れ込みが逆に『JSA』への興味を削いでいたところもあり、『シュリ』のようなハリウッド的「金と弾の無駄遣い映画」と決めつけて、観ていなかったのだ。「韓流ブーム」が邪魔をして、こういった韓国映画の名品と出会っていない人も、実は多いのではないか。
  タイトルの「JSA」とは、南北朝鮮を分断する38度線上の共同警備区域(Joint Security Area)のこと。全長248kmに及ぶ軍事境界線(戦争停戦ライン。半世紀を経た今も両国は「休戦中」なのだ!)から、南北にそれぞれ2kmずつ分割された、幅4kmの非武装地帯である。この広大な一帯には、膨大な数の地雷が埋められているらしいが、皮肉にも原始の生態系がそのまま保存されることになり、世界有数の「自然の楽園」となっている。
  そんな共同警備区域の、停戦調印で有名な板門店で勃発した射殺事件が本作のテーマだ。韓国の兵士と北朝鮮の兵士との出会い。そして友情。秘密裏に酒を酌み交わす南北朝鮮の青年兵士というシチュエーションは、一部から荒唐無稽、非現実的と切り捨てられたらしいが、決して笑うなかれ。そこには人もいれば、青春もある。想像可能なフィクションから感じ入るのもまた映画ならではの真骨頂なのである。
  韓国商業映画としては始めて北朝鮮の若者を人間的に描写した、というのが『シュリ』の触れ込みではあったが(俺には中途半端)、本作『JSA』は、もう一歩、勧善懲悪を越えて、微細な人間描写に心を砕いている。パク・チャヌク監督の、人間を見つめる優しい視座、民族統一への深い願いが胸に染みるのだ。そこかしこにちりばめられた、泣き笑いを伴ったユーモアもバッチリだ。ここには真の人間間が紡ぎ出す美しい笑いがある。
  北側からではあるが、板門店(の正にあの場所)には俺も行っているので、フィクションとはいうものの、本作のストーリーは相当なリアリティを持って迫って来た(停戦会談場の真横にある軍事分界線のところでふざけていた俺らに、青年同盟の通訳が真剣に叫んだ。「中川さん、それ以上行ったら撃たれます!」)。勿論、板門店でのロケは不可能なので、これはオープン・セット(90%縮小サイズ)なのだが、ほぼ完璧な再現といって差し支えないだろう。観劇中、記念撮影した北の兵士のにいちゃんの笑顔が何度も思い出されたものだ。

  あらすじはこうだ。
  板門店の共同警備区域。ある晩、北側の歩哨所から激しい銃声が響く。南北両兵士が関わった殺人事件である。スイスとスウェーデンからなる中立国監督委員会が解明にあたるものの、生き残った南北の兵士の供述がことごとく食い違う。
  捜査官は、在スイス韓国人の女性兵士ソフィー(イ・ヨンエ)。南側の主張は、北が南の兵を拉致監禁し、脱出時にやむなく北朝鮮兵を二名射殺したというもの。対する北側の主張は、南の兵士が国境を越え歩哨所に侵入し、北の兵士を殺害した奇襲テロであるというもの。ソフィーは、北朝鮮兵の遺体検死の弾痕から、この事件に横たわる、両国の思惑を越えた不可解な謎にぶち当たるのであった。
  ソフィーによる、当事者、北の士官ギョンピル(ソン・ガンホ)と南の兵長スヒョク(イ・ビョンホン)の取調べが始まる。多くを語ろうとしない二人。決定的な証言も掴めない……。
  そしてスヒョクによる回想が事件の全容を紡いでゆく。
  ある日、スヒョクの部隊が誤って38度線を越えてしまう。立ち小便していたスヒョクは、部隊から一人取り残されてしまい、挙げ句、地雷を踏んで身動き出来ない。そこにやって来た北の兵士ウジンとギョンピル士官。言葉をかけ合うことなど言語道断な南北兵士だが、スヒョクは立ち去ろうとする二人に思わず泣いて助けを乞う。そんな哀れで情けないスヒョクを見て、ギョンピルは助けの手を差し伸べてやるのであった。
  偶然の出会い以降生まれた奇妙な信頼関係は、石を吊るした手紙のやり取りなどを通して深まってゆく。そして遂にある日、意を決したスヒョクは、ギョンピルのいる北側の歩哨所を来訪するのであった。本来ありえない敵同士の交流。芽生えた友情に国境など関係ない。スヒョクは親友のソンシクも巻き込み、連日、子供のようにじゃれ合う四人の男達の宴が密やかに行なわれるのであった。
  そして運命の日。ウジンの誕生日、プレゼントを渡すスヒョク。記念写真。これが最後の宴になることを知っている四人は、いつまでも別れがたくその場を離れることが出来ない。素晴らしい沈黙のシークエンスだ(インタヴューによると、ソン・ガンホもこのシーンが特にお気に入りのようだ)。
  しかしその時突然、歩哨所の扉が開かれる……。

  事件の真相は、映画が教えてくれるので、ここでは書かないが、南北兵士にとってことは重大である。命懸けの友情が、生き残ったスヒョクとギョンピルに、嘘の供述をさせていたのである。自分の行く末を顧みずにお互いを思い合う二人の有り様はあまりに感動的だ。
  対して国家主義的政治力学を象徴するのが、解任通告されるソフィーに中立国監督委員会が吐くセリフだ。「君はまだ板門店を知らない。事実を隠してこそ、平和が保たれる」。結局、数名の犠牲者が出ても、両国が安泰であれば良いという理屈だ。スヒョクとギョンピルの命など、中立国監督委員会にとっても、どうでもよいものなのである。
  境界線上の友情。例えば俺の場合、一度北朝鮮へ行っただけでも、具体的に、酒を酌み交わした北に住む彼らの顔が思い浮かぶ。「そこ」には常に人間がいるのだ。日朝のふざけた為政者(大本はアメリカだ)によってどうとでもなるのが、極東アジアに住む、今という時代に生きる人間の運命なのである。
  「この映画は“境界を越える”ことについての映画です。南の兵士が北の歩哨所に入る時や、境界線上で唾を吐いて遊ぶ場面でも足を撮っています。鼻先にある線を越えるだけで、違う国になるという奇妙な感覚を簡潔に表現したかった。実際の板門店では人が線を越えるのは不可能ですが、カメラは自由に覗くことが出来るのです」(パク・チャヌク)

  3月23日、過熱する韓国国内の「反日感情」に憂慮して発表された盧武鉉大統領の国民向けの談話は、日朝の政治家には望むべくもない、知性と(少なくとも)誠実さを感じさせるものであった(もっと言うと、本来我々日本人が「やるべきこと」「やっておくべきであったこと」を韓国の人々に押し付け続けている、とも言える。これは本当に恥ずかしい話だ)。長文なので一部をここに転載しよう。

  尊敬する国民の皆さん。国民の皆さんの憤りは、報道を通じて手に取るように見ています。そして私は、沈黙している多くの方々の胸中に秘められたもどかしさにも共感しています。皆さんが感じている憤りともどかしさを少しでも解ければと思い、この文を書きます。
  国民の皆さんのもどかしさは、大きな怒りと抗議にもかかわらず、希望的な結末は予想しがたいという点にあります。これまで韓国国民は、政府が微温的に対応した時も、強硬な対応をしたは良いが特にこれといった結果なくうやむやになってしまった時にも、我々の意志を貫徹するにふさわしい手段がないという状況を理解して、深く恨まず、気持ちを静めてきました。今回の政府の対応についても同様です。「気持ちだけでもすっきりした」とおっしゃりながらも、やはり正当な結果は期待しがたいため、もどかしく思われていることでしょう。
  しかし国民の皆さん。今度は違います。(政府は)正しく対応します。勿論、感情的な強硬対応はしません。戦略を持って慎重に、しかし積極的に対応します。結局うやむやにするようなこともありません。遠くを見つめ、根気強く対応します。
  日本はこれまで自衛隊海外派兵の法的根拠を準備し、今では再軍備論議を活発に進めています。これらはみな、痛ましい過去を我々に思い出させ、未来を不安にする行為です。しかし日本がすでに謝罪し、それを我々が受け入れ、新しいパートナーシップを宣言したのですから、普通の国々が一般的に享受する国家権能を日本だけが持てないというのは、日本国民が納得しがたいことです。このような判断から、我々は懸念を抑え、言いたいことを控えてきました。韓日関係の未来の為でした。はっきり言えば、謝罪とは真実な反省を前提とすると共に、それに相応する実践が伴うべきものですから、小泉首相の神社参拝は、日本の指導者達がかつて行った反省と謝罪の真実を毀損する行為です。
  韓国政府はしかし、これについても直接的な外交争点としたり、対抗措置をとったりせず、それとなく自制を促すにとどめました。それこそ、日本の指導者達が口癖のように繰り返す、未来志向的韓日関係の為でした。しかしながら、もうこれ以上黙過できない事態に立ち至ってしまいました。
  (中略)教科書問題も同様です。2001年、歪曲された歴史教科書が日本で殆ど採択されなかった時、我々は日本の良心に期待をかけ、東北アジアの未来について楽観的な展望も持ちました。それなのに今、その歪曲された教科書がまた息を吹き返そうとしています。これもまた、侵略の歴史を正当化する行為です。そしてこれらが、一自治体や一部の無分別な国粋主義者らの行為にとどまらず、日本の執権勢力と中央政府の幇助のもとに成り立っているが故に、我々はこれを「日本の行為」として見ざるを得ません。これは、日本がこれまで行ってきた反省と謝罪を、すべて白紙化する行為でもあります。
  今や、韓国政府も断固として対応せざるを得ません。侵略と支配の歴史を正当化し、再び覇権主義を貫徹しようとする意図を、これ以上看過する訳にはいかなくなりました。韓半島と東北アジアの未来がかかった問題だからです。
  このような行為は今のところ、日本国民の大多数の考えとは違うというのが事実です。しかし、政治指導者らが扇動し、歴史を逆さまに教えることが続けば、状況はすぐに変わりかねません。
  尊敬する国民の皆さん。政府は積極的に前に立ちます。これまで政府が、日本に対して言うべき言葉や主張があっても、なるべく市民団体や被害者に任せ、沈黙してきたことは事実です。被害者達の血の出るような叫びにも手を貸さず、被害者達が真相解明の為に東奔西走する時にも、ろくに手伝いませんでした。政府間の摩擦がもたらす外交上の負担や、経済にまで及びかねない波紋を考慮したこともありますが、何よりも、未来志向的な韓日関係を考えて自制したのです。しかしそれに対する日本からのお返しは、未来を全く考慮していないとしか思えない行動でした。今では、政府が出なかったことがむしろ、日本の無神経さを呼んだのではないかという疑問が呈されています。これではいけません。今からでも、政府が出来ることはすべて行おうと考えます。
  (中略)国民の皆さん。どんな困難が生じたとしても、後退したりうやむやにしたりせず、韓国国民が受け入れられる結果が現れるまで、ねばり強く対処します。今回は必ず根を絶ちます。難しい時には国民の皆さんの助けを求めます。新しい問題が起きるたびに、国民皆さんの意見を聞きます。
  (中略)韓国国民の要求は、歴史の大義に基礎を置いています。我々は無理なことを要求した訳でもありません。新しい謝罪を要求した訳でもありません。不誠実な謝罪ではありましたが、それさえ白紙化するのはどうであろうか、と是正を要求しているだけです。そしていまだ未解決の諸問題については事実を認め、適切な措置を取るよう促しているだけです。
  私は事必帰正という言葉を信じています。私にはこれらを正しく処理する所信と戦略があります。国民の皆さんを絶対に失望させません。
  信じて助けてください。そして勇気と自信をもってください。我々の要求は必ず、歴史から答えを得ます。

(以上、翻訳は佐島顕子氏。原文は以下。www.president.go.kr/cwd/kr/archive/archive_view.php?meta_id=speech&id=1c19f57eb07fa0a5c45add2