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サイクリスト
  (1989年 イラン)
  監督: モフセン・マフマルバフ
  原題: THE CYCLIST
  主要舞台: イラン
    『サイクリスト』
BWD-1151
¥3,800(税抜)
提供:アジア映画社、RCS
発売:オフィスサンマルサン
販売:ブロードウェイ

  『カンダハール』(2001年)や『アフガン・アルファベット』(2002年)で、「世界から忘れられた国」アフガニスタンの絶唱を代弁したイラン映画の巨匠モフセン・マフマルバフは、イラン人で観ていない者は一人もいない、とまで言わしめた初期大ヒット作『サイクリスト』で既にアフガン難民の艱難辛苦を描いている。
  若かりし頃、反体制革命運動に身を投じていたマフマルバフは、1975年、17歳の時、銃を奪う為に警官をナイフで脅した罪で逮捕され、拷問、五年間の投獄を経て、パーレビ王朝崩壊(1979年)を機に釈放される、という強烈な体験を持つ(『パンと植木鉢』で自ら戯画化)。テヘランの貧民窟で生まれ育ったマフマルバフの、底辺で生きる者達への愛に溢れた筆致は多くのイラン市民に支持され、『サイクリスト』の大ヒットはキアロスタミに『クローズ・アップ』(1990年)という名作まで作らせることになるのだ(『クローズ・アップ』の項参照)。

  舞台はテヘラン。不法入国しているアフガン難民のナシムは、一人息子と重病の妻を抱え、仕事にありつけない窮乏生活を送っている。日々の糧を得るのに精一杯な一家に、瀕死の妻の入院治療費用が重くのしかかるのだ。そんな折、知り合いの興行師が「見世物」の仕事をナシムに紹介する。自転車長距離レースの元チャンピオンであったナシムに、一週間不眠不休で自転車に乗り続け、人々がそれを賭けるという、見世物賭博の仕事を与えるのであった。もちろん成功すれば多額の賞金が出る。
  シドニー・ポラック監督のアメリカ映画『ひとりぼっちの青春』(1969年)でジェーン・フォンダ扮するグロリアが挑んだ「ダンス・マラソン」には休憩時間が設けられていたが、この見世物に休憩はない。ナシムは決心を固め、一週間を寝ずにサドルの上で過ごすという無謀な賭けに挑むのであった。
  ナシムがペダルを漕ぎ続ける広場には多くの観衆が集まり、アフガン難民、博徒、ジプシー占い師、子供達、政治家、宗教家、医者、盲目アコーディオン奏者、ハンセン病患者達、挙げ句は露天バザールまでもが軒を連ねる大盛況。香具師は煽る。「インドでは目で列車を止め、パキスタンでは牛二頭を指一本で持ち上げた男が、七日間不眠不休で自転車を漕ぎ続ける難行に挑む。さあお立ち会い!」。そして息子は、一日分のギャラを手に、連日毋のいる病院へと駆け付けるのだ。
  しかし、三日目の夜更け、遂にナシムは倒れてしまう。見張りの審判が居眠りをしていた為、仲間が審判に気付かれないように交代し、ナシムは数時間眠ったあと再び自転車に乗るのであった。
  息子やジプシー占い師の娘(この二人の友情も見逃せない)に見守られながら、落ちそうになるまぶたをマッチ棒でこじ開けながら必死で走るナシム。賭けた者達や失敗を望む胴元も必死だ。応援する者。息子に金を渡し、ナシムに転ぶよう進言する者。睡眠薬を飲まそうとする者。純粋にナシムを応援するアフガン難民やジプシー達。好奇の視線を注ぐ報道カメラマン達。果たして、衰弱したナシムはこの無謀な賭けに勝利するのか……。

  貧困。連帯。夢。現実。マフマルバフが本作で描く世界は、人類社会の闇の縮図であり、アジールに立ち上るマージナルな者達の連帯だ。ソ連のアフガン侵略によって国を追われた人々、「忘れられた人々」への温かい眼差しが本作を貫いているのだ。そして、首尾一貫したマフマルバフの姿勢は、のちの『カンダハール』『アフガン・アルファベット』、著書『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない』、NGO組織「アフガン子ども教育運動(ACEM)」(www.nansenhokubasha.com/uptodate/acem.html)へと結実してゆくのである。
  十歳の時、マフマルバフが実際に見たパキスタン人の自転車乗りの賭け(祖国パキスタンの洪水被災者チャリティーの為)でも、見物人は見世物の自転車乗りをあざけり、馬鹿にした。しかし、ゲームが続くにつれ、同胞の為に頑張り続ける男の純粋な姿に見物人は心打たれ、いつしか畏敬の念を覚えたということだ。マフマルバルは子供時代の鮮明な驚きを本作に投影したのだ。
  「私はこの作品や『希望の学舎』で対象としているのは一人の登場人物による一つの事件ではない。私にとって重要なテーマは特定の人物や特定の事件ではなく、その範疇を越えた社会問題を描くことである。そういう意味で『サイクリスト』は、一人の人物を越えた、階層、社会、民族の物語である、とも言えるだろう」(マフマルバフ)
  ちなみに、幼いジプシー娘を演じているのはマフマルバフの娘サミラ。『りんご』(1998年)、『ブラックボード』(2001年)を監督してカンヌを騒がせた、あのサミラ・マフマルバフである。