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白夜の時を越えて
  (1998年 フィンランド)
  監督: ピルヨ・ホンカサロ
  原題: TULENNIELIJ (FIRE-EATER)
  主要舞台: フィンランド
    発売・販売:アップリンク

  「『白夜の時を越えて』は、ある世代から次世代へと引き継がれる“枷”をテーマにしています。また愛情と別離を描いた作品でもあります」(ピルヨ・ホンカサロ)

  ドキュメンタリー映画作家のホンカサロが十年ぶりに手掛けたフィクションである本作は、歴史に翻弄される四世代の女性達の葛藤を時代と共にあぶり出す、女性監督ならではの力強い名品である。
  親ソ連の祖母。ナチとねんごろの毋。養護施設から移動サーカス団へと身を預ける双子姉妹。そして、ヘルシンキの夜の街を徘徊する浮浪少女……。本作は、世代間の相剋を描きながら、「世間」に疎外されるあまたの女達の力強い生きざまを浮き彫りにしてゆく。
  しかし本作は憐憫な「弱者」の物語ではない。激しくも力強く生きる、魂どもの大合唱なのである。

  舞台は、現在のヘルシンキ(モノクローム)と、回想される1944年以降のヘルシンキ(カラー)。
  挿入されるモノクローム映像は主人公ヘレナの老いた今の姿だ。ある夜、ヘレナはさびれた酒場で父親の酒代の為に歌う少女と出会う。少女は、ヘレナになつき、夜の街を彷徨するヘレナの後を追う。邪険にするヘレナをものともせず付きまとう少女。やがてヘレナは、その少女に過去の自分を重ね合わせ、回想するのであった……。
  1944年。双子の姉妹イレネとヘレナは、第二次大戦のさなかにヘルシンキで生まれる。毋シルッカは、生後間もない二人を祖母に預け、自分勝手にあっさりドイツ兵の愛人となり旅立つのであった。
  祖母は、レーニンにちなんで“ウラミジール”“イリイチ”という名を姉妹につけ大事に育てるのだが、姉妹が八歳の時に急死してしまう。イレネとヘレナは、養護施設に預けられ、一心同体の、二人だけの世界に住むのだ。姉妹が毎晩ベッドの上で、まるで鏡に向き合うように互いの背中を愛撫するのは、それぞれに孤独な、そっくりな二人にとっての自己確認儀式でもあるのだ。
  ある日、二人を捨てた毋シルッカが、サーカスのブランコ乗りのスペイン男ラモンと施設を訪れる。柔軟な身体を持つイレネを気に入ったラモンは、彼女をサーカス団へ引き取ることにし、ラモンと毋娘四人の旅回りの生活が始まるのであった。
  「才能ある者の下僕」である人生を隠そうとしない毋シルッカは、ヘレナにも同じような生き方、イレネの「下僕」として生きる人生を勧める。しかし、空中ブランコの厳しい稽古生活は、徐々にイレネの心を蝕んでゆく。空中ブランコから落ちるイレネ。誰とも口をきかないイレネ……。
  1956年、反ソ連デモに沸くハンガリーのブダペストで、ラモンは利用価値のなくなった双子一家を捨て蒸発する。サーカス団を離脱し、フィンランドへ帰郷する一家。三人はラップランド(北フィンランド)の建設現場や炭坑などで芸を見せながら食い繋ぐのだが、次第に双子姉妹は、毋シルッカの性的魅力を武器にしただらしない男関係に呆れ、毋から離れてゆくのであった。
  そして現在のヘルシンキ。そこには、回想の果てに、つきまとう少女を受け入れるヘレナがいた……。それは、ヘレナにとっての、過去との訣別、自身をありのままに受け入れることが出来た瞬間でもあった。

  物語は明かさないが、冒頭のモノクロームのシークェンス(誰もいない家に戻り、サーカス時代の古い写真やスターリンの肖像画に目を止め、街を一人彷徨するヘレナ)によって、離散したのであろう一家の行く末が読み取れる。そして、酒場で出会った少女は、ヘレナ自身の分身であり、ヘレナに内在する自己憐憫を振り払うきっかけでもあった。
  ヘレナにとって、この少女は「幻」であったのかも知れない。愛憎入り交じる毋の記憶、辛い過去の呪縛を断ち切り、未来を自分の意志と足で歩む為に、必要な「幻」であったのかも知れない。ヘレナは、少女との出会いにより過去の自分とようやく和解し、決意するのである。
  「(本作の)テーマは、人間が背負って生きている“責任”や“使命”といった“重荷”です。ある世代から次の世代へいとも簡単に責任が転嫁されている世の中で、人はどのように自らを解き放ち、他人に責任を押し付けることをやめるかということを描きました。私がカメラを通して映し出しているのは、人々が日常目にすることのない情景や物事だと思っています」(ホンカサロ)
  共産主義に希望を見い出す祖母。ドイツびいきの毋。描かれた双子姉妹の通過儀礼は、地政学上、二大国に翻弄され続けたフィンランドの通過儀礼でもあった。そう、ヘレナの「独立」を描くことは、そのままフィンランドの「独立」を描くことでもあったのだ。
  時代に翻弄される一人一人の人生。そこかしこにあるちっぽけな魂の呻吟にこそ、歴史を解きほぐす、現代という時代の大いなる病の処方箋が隠されている。魂は時空を、歴史を越えてゆくのである。