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黄色い大地
  (1984年 中国)
  監督: チェン・カイコー(陳凱歌)
  原題: 黄大地(YELLOW LAND,YELLOW EARTH)
  主要舞台: 中国
    ©広西映画製作所
発売元:角川大映映画
販売元:株式会社レントラックジャパン/BIG TIME ENTERTAINMENT

  日本の総理大臣が侵略戦争の戦犯を拝み、中国の原子力潜水艦が領海侵犯をするという、何ともはや稚拙な外交を繰り広げる両大国の現状。「日本人」「中国人」とひと括りに語る両者の排他的ナショナリズムの台頭は、ホント情けない限りである。一体、「何時代」やねん。東アジアにはあらゆる民族の、二十億人もの市民が暮らしているのだ。ええかげん勝手なことはやめろや、間抜けな為政者ども!
  最近観た中国映画『鬼が来た!』(中国国内未公開)があまりに良かったので、十年程前の「中国映画マイ・ブーム」以来とんとご無沙汰していた「80年代中国ニューウェイヴ」の諸作品を今一度見直してみようと思う。「大状況」が個人の人生を翻弄し続ける東アジア儒教圏の、まさに人間の尊厳を描かんとした人間讃歌に、苦悩する今という時代を切り開く処方箋が隠されているのではないかと思ったからだ。そして実際、立て続けに観たこれらの中国映画は、そのどれもが、「大状況」と、奮闘しながら活きる「個」を切り結ばんとする、魂の絶唱であった。少なくとも、映写幕(DVDやけど)からはみ出さんばかりの、作家達の本気だけは感じ入ってもらえることと思う。
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  1980年代に入り、文化大革命(文革)という名の暴風雨ののちに訪れた開放気運は、中国映画界に新世代の台頭を促すこととなった。正に文革期に青春時代を送った紅衛兵世代の作家の登場だ。彼らは、一般的に「第五世代」と呼ばれ、中国映画として初めて世界的に注目を浴びる作品を発表し始めた、いわば「中国ニューウェイヴ(中国ヌーヴェルヴァーグ)」の申し子達である。「第五世代」の監督には、チェン・カイコー(陳凱歌)、チャン・イーモウ(張藝謀)、ティエン・チュアンチュアン(田壮壮)、チョウ・シャオウェン(周暁文)、ホアン・チエンシン(黄建新)といった、今や巨匠の、歴々たる作家達が名を連ねる(『芙蓉鎮』のシェ・チンは「第三世代」、『古井戸』『變面』のウー・ティエンミンは「第四世代」に属す)。
  中国のような激動する一党独裁国家に於いて、時代とともに変化する当局の論説は、常に表現者の作品の傾向に大きな影響を及ぼす。検閲と闘うことも大事ではあるが、作家は作品も産み出さなくてはならないのだから。そこで彼ら「第五世代」の監督達が選択した道は、中国共産党に対して表立った批判はしない(出来ない)ものの、歴史のどの断層にも悩み苦しむあまたの個人がいた、ということの開けっ広げな表出であった。教条主義的な映画に辟易していた観衆に、自由な感想を持ち得る「間」を与えたのだ。表現者と権力との間に展開する騙し騙されのせめぎ合いが、皮肉にも各々の作品の質を高めてゆくことになったのである(日本の商業映画にはこれがない。「安全地帯」で安っぽい反抗のポーズをとったりはするが)。

  まさしく本作『黄色い大地』は、中国映画界に「第五世代」が誕生したことを告げる記念碑的作品だ。世界がそれ迄無視してきた中国映画への国際的注目は、イランでいうところの『友だちのうちはどこ?』同様、分水嶺的重要作である本作によるものだ。
  物語の表層よりも、強烈な映像と静謐な表情で語りかける、イデオロギーを越えた人間主義の発露。以降、多くの中国映画は、国家単位で語らせない、人間讃歌としての「人間ボチボチ論」を高らかに、世界に宣言するのだ。言い換えれば、80年代以降、中国映画のみならずアジアの映画は、遅ればせながら世界へ向けてその存在と魂の在り処を謳い始めたのである。
  そして本作の白眉は「唄(民謡)」にある。辺境に住む唄の民と、民謡採集に来た中央の男。青い空と黄色い大地の静寂を唄が突き抜けてゆくその瞬間、誰もがそのあまりの素晴らしさに溜飲を下げることだろう。唄の為だけにこの映画を観るのも勿論有りだ。

  舞台は、日中戦争が始まって二年目(1939年)の初春。そこは陝西省北部の極貧にあえぐ黄土地帯の僻村。
  画面一杯に広がる、ひたすら幾重にも続く荒涼な黄色い大地を、遥か向こうから一人の男が歩いて来る。八路軍の文化工作隊員グーチンは、各地の民謡を採集する為に、革命根拠地の延安から黄河上流のこの村へやって来たのだ。
  村は結婚式で賑わっているが、古い因襲を色濃く残すこの村の結婚とは、花嫁を金銭で買う売買婚のことを指す。この十二歳(!)の少女の嫁入りも、当然親が勝手に決めたものである。そして、その儀式を怯えた表情で見つめる少女ツイ・チャオは、やがて来る「自分の番」のことを思わずにはいられない。少女が労働力として「売られる」悲劇。振る舞われるごちそうの中、ボロをまとった男の素晴らしい民謡が天地に響きわたる。
  グーチンは、村で最も貧困な家庭、父と弟ハンハンと三人で暮らすツイ・チャオの家に泊り、しばし農作業を手伝いながら寝食を共にすることになる。その生活は、延安からやって来たグーチンにとって、あまりに因襲に凝り固まった古めかしいものに映ったことだろう。逆に、窮乏と闘う村人達にとっては、中央の政治情勢や抗日運動など知ったことではない。例えば水一つとっても、数キロ離れた川辺まで汲みに行かなければならないし、竜神への雨乞いも欠かす訳にはいかない、そんな生活なのである。
  ツイ・チャオは、グーチンとの会話から、延安のような都会では売買婚のような悪しき因襲がなくなっていることや、女性ですら武器を取って侵略者(日本軍)と闘っているというようなことを知る。結婚相手を自分で決めるなんて話は、ツイ・チャオにとって、あまりに衝撃的なのである。否応なく、まだ見ぬ世界、そしてグーチンに恋心を抱くツイ・チャオであった。
  物語は殆ど会話もなく進行してゆくが、時々、劇的に静寂を破る、ツイ・チャオやハンハンの歌う民謡、グーチンの歌う革命歌が、互いの距離を埋めるように響き渡る心地よさは極上だ。笑顔が、唄が、互いの信頼から発せられていることを示してもいる。
  グーチンが延安へ戻る時がやって来た。私も八路軍に入隊して闘うから連れていってくれと懇願するツイ・チャオだが、しかしやはりそうもいかず、再会を約して二人は別れ、やがてツイ・チャオも年老いた男へ嫁入りすることになる。
  ある日、嫁ぎ先から逃げ出して来たツイ・チャオは、父親のめんどうをハンハンに託し、延安を目指し、黄河へと一人小舟を漕ぎ出すのであった……。

  再訪したグーチンを遠くに見つけ、雨乞いする群衆をかき分けながら、ハンハンが駆け寄ろうにもなかなか近付けないラスト・シーンで、本作の主題、決定的に縮まらない両者の距離が暗示される。両者とは、都市生活者と農民であり、「文明人」と「非文明人」であり、「拓かれた者」と「信仰する者」である。検閲の厳しい国の映画はやむにやまれず「分かる者には分かる」という表現を用いるが、本作は、国家よりも一人一人の心の動きに照準を合わせ、個々の魂の在り処をこそ問う、そんな試みでもあるのだ。
  例えば、唄一つとっても、プロパガンダの為に元唄として民謡を採集しなければならないグーチンと、唄なんてあまりに日常的過ぎて、有り難がるグーチンの真意が理解出来ないといった風情の村人との間には、とてつもなく大きな深い隔たりがあるのだ。そしてその隔たりを埋めるものとしての、天地を繋ぐかのような彼らの素晴らしい唄が、物語を潤し、本作を永遠のものにしてくれるのである。まるで彼らの唄を引き立たせる為に前後の静寂が必要とされたかのような、見事な演出のコントラスト。本作を始めて観た時の、結婚式での男の第一声は、俺の心の中に深く刻み込まれたままある。
  空虚な教条的言辞に埋め尽くされた文革の時代をくぐり抜けてきた「第五世代」ならではの表現ということもあるのかもしれないが、それまで取るに足らないものと思われていた大自然や唄を、崇高なものとしてとらえ直し畏敬する精神は、あきらかに新世代のものであったと思われる。文革期に僻地へ下放(『小さな中国のお針子』の項参照)された経験を持つ「第五世代」は、辺境の苛酷な農民の暮らしぶりに大きな衝撃を受けたのである。
  そうみると、中国という国の魂の在り処をもチェン・カイコーら「第五世代」は問うている、と言うことが出来るのではないか。中国ニューウェイヴを象徴する本作の主題が「唄(民謡)」であったことは、ある種必然であったのかもしれない。そう、言葉に魂を吹き込まないと唄にはならないのだから……。
  なお、本作の撮影(カメラ)は、三年後の1987年に『紅いコーリャン』で鮮烈な監督デヴューを果たす、いまや巨匠のチャン・イーモウだ。新時代の息吹きはこういったところからも感じ取れるのである。

  最後に、中国映画の世代区分を大雑把に説明しておくと、「第一世代」は1905年から1945年までの中国映画草創期、「第二世代」は解放後から反右派闘争が始まる1957年まで、「第三世代」は反右派闘争から文革の終わる1975年まで、そして「第四世代」は文革後から「第五世代」が台頭する1984年まで、ということになる。激動の中国近代史をそのまま象徴する区分が興味深い。