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少年義勇兵
  (2000年 タイ)
  監督: ユッタナー・ムクダーサニット
  原題: BOYS WILL BE BOYS、 BOYS WILL BE MEN
  主要舞台: タイ
    DVD発売中:¥4,935(税込)
発売元:ジェネオン エンタテインメント

  中国への侵略戦争、仏領インドシナ(ベトナム)への侵攻に引き続き、1941年12月、「自存自衛」「大東亜共栄圏建設」というウソ丸出しの名目で突入した「太平洋戦争」。大儀なき対中戦が激しい抵抗によって泥沼化する中、日本は欧米に開戦することで「西洋からアジアを解放する」という明快で便利な口実を手中にするのであった。今で言うなら「テロリスト(テロ国家)をゆるすな」といったところだ。
  この戦争は、被害者意識で先の大戦を捉えたい者達によって「アメリカ(連合国)と日本との間で行なわれた戦争」という部分のみが強調されているが、実際のところ、欧米と日本は「盗人同士」の関係であって、「天皇日本によるアジア人民への非道な侵略」というのが「太平洋戦争」の本質だ。日本の敗戦にしてもアジア人民の抵抗闘争が勝利した訳であって、アメリカによる無差別空襲や原爆投下が「反ファシスト」に名を借りた人種差別的ジェノサイドであることは今や論をまたない。
  「盗人」どもは、どいつもこいつも侵略に口実を与え、聖戦の名の下、大儀の為の戦争を引き起こすのである。そう、あのナチス・ドイツですら、当初は「自国防衛」を建て前に近隣諸国への侵略を始めたのだ(歴代アメリカ大統領の行動原理も全くこれと同じ)。
  1941年12月8日という日付はハワイ真珠湾奇襲攻撃によって刻印されたが、日本軍は同じ日に英領マレー半島コタ・バルへの奇襲敵前上陸も行なっている(二日後の「マレー沖海戦」は米英海軍に大打撃を与え、東南アジア・太平洋の制海権・制空権を掌握。その一週間後に東条内閣は「言論・出版・集会・結社等臨時取締法」なるものを制定している)。「アジアを白人帝国主義の支配から解放して大東亜共栄圏を建設する」という白々しいスローガンは、実際には日本が中国と東南アジアを侵略して勢力圏化する為のものでしかなかったのである。
  そして1941年12月8日は、もう一つの知る人ぞ知る戦争があった。八時間で終結した知られざる戦争とは?

  本作『少年義勇兵』は、マレー半島の日本軍がシンガポールやビルマを攻略する為にタイ領内を通過する際起きた激しい戦闘の史実を描いている。
  日本と連合国の中立を宣言していた当時のタイ政府は、日本軍が無断上陸を始めた12月8日未明になっても態度を決めかねていた。その為に、歴史上語られない「日泰戦争」が勃発していたのだ。結局タイ政府は日本の圧力に抗しきれないと判断し、8日の昼には日本軍のタイ領内通過を承認している。よって、八時間にわたり繰り広げられた日タイ間の戦闘は、あっけなく終わるのであった。そしてこのタイ国土防衛の為の激戦には、多くの子供達、少年義勇兵達が狩り出されていたのだ(日タイ双方で約四百人の死者が出たとされる報告もある。翌9日、日本とピブンソンクラーム首相の間で「日本軍のタイ国への平和進駐に関する協定書」が結ばれ、タイの独立主権の尊重が表面上約束された)。
  本作は、そんな秘められた史実を元に、少年達の揺れる心や恋愛を絡めながら、卑劣な日本軍の行為はもとより、「犬死に」でしかない戦争の空虚さを浮上させる、優れた青春群像ドラマである。

  舞台はタイ南部、チュンポーン県の沿岸の町。
  1941年5月、チュンポーンに派遣されて来た若い国軍将校タヴィン訓練隊長とサムラーン軍曹が、地元の旧制中学校で義勇兵の募集をする。「私は志願する者のみ訓練する。訓練は厳しいぞ。覚悟しておけよ。勇敢な精神を、精鋭となる兵の体に植え付ける為であり、戦死をもいとわぬ兵に育ってもらう為だ!」。隊長の訓示に盛り立てられたマールットやプラユットら、クラスの仲良し八人組は揃って志願。彼らはまだあどけなさの残る、十四歳から十七歳の少年達である。
  日本の侵略戦争の戦火がアジア全体に広がる機運の中、中立国のタイ政府は、秘かに日本やイギリス、フランスとの戦争勃発の事態に備え、若い義勇兵を育てて訓練する方針を立てたのだ(この時点で「敵国」は特定されていなかった!)。アジアで孤高の中立を守ってきたタイも、もはや戦略的真空状態でいることが許されない緊迫情勢を迎えていたのである。
  マールットは、姉とその夫、写真館を営む日本人の義兄、川上と三人で暮らしている。よって仲間達から「日本のスパイ」だとからかわれたりもする。特に、副知事の息子プラユットは、女学生チッチョンを巡る恋敵でもあり、二人は殴り合いの喧嘩になったりもするのであった。
  6月24日、タイ建国記念日。「ちょうど二年前の今日、我が国の名前はシャムからタイに変わった。そして今日、タイは君達の手中にある。常にこの日、建国日を迎えられるかは君達次第だ!」
  タヴィン隊長による義勇兵としての厳しい訓練が続く中、少年達は次第に祖国を守る同志としての連帯が芽生え、マールットとプラユットにも厚い友情が芽生える。ある日、マールットは海岸でチッチョンと互いの夢を語り合うのであった。青春を謳歌する少年達。
  訓練中、 「人を撃つのは大変?」と質問する少年兵にタヴィン隊長は答える。「戦場では人を撃たん。敵を撃つ」
  そして遂にその時が来た。12月8日未明(真珠湾攻撃の一時間前)、風雨吹き荒れるパナンタク湾の水平線のかなたに日本軍連合艦隊の威容が。突然の無断上陸だ。艦載機が飛来し、上陸用舟艇が押し寄せ、大軍が上陸して来る。メインマストには旭日旗だ。領土不可侵の国際条約(日泰友好和親条約)何のその、日本軍による卑劣なタイ侵略が始まったのである(映画では触れないが、この時も日本軍は至る所で住民虐殺を行なっている)。
  マールットの義兄、川上は突然日本軍の軍服に着替え家を出る。やはりスパイであった。平素から流暢にタイ語を操り、地元の共同体に溶け込みつつ、情報を日本領事館に流していたのである。マールットとの魚釣りの時も、針のない釣り糸でチュンポン湾岸の水深を測っていたのだ!  川上の顔に唾棄するマールット。
  タヴィン隊長に率いられたマールット達少年義勇兵は前線ソンクラーへ。大挙押し寄せる日本兵との接近戦である。銃弾の雨あられ。炸裂する手榴弾。顔に被弾し命を落とすタヴィン隊長。腕を負傷するサムラーン軍曹。しかし少年達はひるまない。死を恐れるな!  タイ独立の為に!  万歳!  凄まじい戦闘シーンが続く……。(ムクダーサニット監督は、「この映画は青春映画です。少年達が軍事訓練を通して、誇りや責任感などを身につけてゆく成長過程に注目して下さい」などと語っているが、いやいや、これは本気である)。
  しかし真剣に闘っている少年兵達へ、あっけに取られる一報が届く。停戦である。はためく白旗。何とタイ政府が日本軍のビルマ・シンガポール攻略の為に通過許可を与えたのだ。
  少年達が村道へ出ると、村民達と「歓迎!大日本帝国軍」の垂れ幕。八時間の無益な激戦はこうして幕を閉じたのである。

  戦後六十年を目前にして、本作に代表されるような新事実や対日告発が次々と明るみにされるのは何故なのか。それは、今まで経済援助依存状況にあったアジアの各国が自力をつけ、外交的配慮を脱した遠慮のない発言力を身につけてきたからに他ならない。
  最近タイでは対日レジスタンス「自由タイ運動」の事実も浮上してきている。「自由タイ運動」は、連合国側と対立することになるタイ政府の親日政策を危惧した在外タイ人によって始められた抗日運動だ。タイ国内にも広がっていったこのレジスタンス組織は、驚くべきことに、最高責任者が警察庁の長官であったりする!  極秘の通信連絡網により、日本軍の情報は連合軍に筒抜けであったらしい。北部森林地帯の飛行場建設も、日本軍は敗戦まで全く気付かなかったということだ。1945年の秋にはタイ全土で対日蜂起も計画されていたらしい。
  いわば、当時の親日タイ軍事政権にしてみれば「国家反逆罪」に相当する「自由タイ運動」があったからこそ、連合軍へ宣戦布告(その為にバンコクは激しい空爆に晒されている)したタイが戦後、敗戦国扱いされずに独立国として命脈を保てたともいえるであろう。
  よくアジアで植民地化されなかったのは日本とタイだけだ、などという言い様を耳にするが、とんでもない。天皇日本は卑劣な侵略戦争に敗北し、GHQの下で七年間独立を失っていたのだから。
  間抜けなニセ右翼の大東亜戦争肯定論に打撃を与える新事実は、まだまだこれからも次々と明るみにされることだろう。日ソ中立条約を踏みにじったソ連をとやかく言うのであれば、当然、日本がやった数々の国際法違反行為も言わなくてはならない。もしホンモノの民族主義者がこの日本にもいるのなら、まさに先の大戦を直視することから始めなければウソである(まあ、そんなんおらんわな)。

  見事に古今東西の戦争論理を一言で言い当てているタヴィン隊長の言葉が耳に残る……。戦場では人を撃たん。敵を撃つ……。