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イル・ポスティーノ
  (1995年 イタリア=フランス)
  監督: マイケル・ラドフォード
  原題: IL POSTINO(THE POSTMAN)
  主要舞台: イタリア
    発売・販売元:ブエナビスタ
価格:¥2,500(¥2,625税込)

  全世界的に子供達の受難を伝えるニュースが溢れかえる、昨今のやるせない怒りの日々の中、ささくれ立った心を優しく愛撫してくれるような、そんな名画を無性に観たくなる時がある。そんな時、俺の場合、イタリア映画やイラン映画の名作をむさぼるように観ることにしているのだが、久々に観た本作『イル・ポスティーノ』は、公開当時と変わらず、至福の映画時間へと誘ってくれる感動作であった。
  本作は、南イタリア、ナポリ沖合いに浮かぶ小島の寒村を舞台に、朴訥な青年が、亡命の為に来訪している著名詩人との友情を通し、愛を知り、成長してゆく姿を、温かくユーモラスに描いた名作だ。
  広く知られる実話だが、主役の青年マリオを演じた喜劇俳優マッシモ・トロイージは、予定していた心臓移植の手術を延期してまで本作の撮影に賭け、クランク・アップの十二時間後、95年6月4日に四十一歳の若さで世を去った。パブロ・ネルーダ役のフィリップ・ノワレ(『ニュー・シネマ・パラダイス』のアルフレード叔父さん!)やスタッフ達は、撮影中終始トロイージを勇気づけ、作品の中に投影された現実の友情が本作にえも言われぬ深みを与えている。
  脚本は、実在したチリの著名詩人パブロ・ネルーダをモデルにした小説『バーニング・ペイシェンス』(チリの作家アントニオ・スカルメタ著)を元にしている。

  舞台は、1950年代初頭、南イタリアのナポリ沖合いに浮かぶ小島。水道すら整備されていない貧しい寒村である。
  詩人で外交官、共産主義者のパブロ・ネルーダが祖国チリを追われイタリアへ亡命し、この小さな島に滞在することとなった。世界中の女性からパブロの元へと届くファンレターを配達する青年マリオは、郵便配達人としてパブロと知り合うのであった。
  朴訥な田舎者のマリオは、世界を知るパブロの包容力に引かれ、二人の間にいつしか独特な友情が生まれる。砂浜でパブロに自作詩を聞かされたマリオは、詩の持つその不思議な魅力に引き込まれ、詩の隠喩(メタファー)に強く興味を持つのであった。
  ある日、島の居酒屋で働く美しい娘、ベアトリーチェに心奪われたマリオは、パブロが妻マチルデに送った愛の詩を、自作のふりをしてベアトリーチェに捧げた。抗議にやって来たベアトリーチェの叔母からその話を聞いたパブロは、「他人の詩を使うことは感心しない」と忠告するが、マリオは、「詩は書いた人間のものではなく、必要としている人間のものだ」と詩の本質を説き、詩人を唸らせるのであった。
  やがて、マリオとベアトリーチェは結婚し、追放令が解かれたパブロとその妻はチリへと帰国。
  しばらく経って、手紙を心待ちにするマリオの元へ、詩人の秘書からのそっけない事務的な手紙が届くのだが、ある日、マリオは悟るのであった。パブロによって第二の人生が開けた自分の方こそ手紙を書くべきなのだと。翌日からマリオは、島の素晴らしいものを八つ、録音してパブロへ贈ることにしたのであった。
  島の素晴らしいもの八つ。それは、小さな波。大波。岸壁の風。草の音。網。教会の鐘。星空。そして、ベアトリーチェのお腹に宿る子供の心拍……。
  数年後、ネルーダ夫妻が島を再訪。しかしそこにはベアトリーチェとマリオの息子パブリートの姿しかない。なんとマリオは、共産党大会の混乱の中、命を落としていたのであった。
  二人が隠喩を交わしたあの砂浜には、亡き友を偲び佇むパブロの姿があった……。

  この感動的な物語の主題は、出会いと成長だ。パブロと詩に出会ったマリオは、本当の人生を知る中で、諦観に沈む小市民から、変革を望む意志の男へと、成長を遂げるのであった。今まで島の美しさにすら気付かなかったマリオが、「島の素晴らしいもの八つ」を必死で録音しようとするシークエンスの素晴らしさは、まさに今変わらんとする一人の男の、躍動する生の充溢を見事に捉えているからに他ならない。
  共産党大会で自作詩を朗読するまでになったマリオは、決して「政治的」になったのではない。自己表現の術を得て、「政治」を相対化出来るようになったことで、始めて彼自身の人生を「生きた」のである。
  出会い。詩。魂の交歓。笑い。別れ。まさしく映画は人生を教えてくれる。『イル・ポスティーノ』。堪能あれ。