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地下水道
  (1956年 ポーランド)
  監督: アンジェイ・ワイダ
  原題: KANAL(THEY LOVED LIFE)
  主要舞台: ポーランド

  1950年代から60年代にかけて、フランスのヌーヴェルヴァーグ勢同様、世界の映画界に強烈な新風を吹き込んだポーランド派。当時ポーランド派と冠された監督には、アンジェイ・ワイダ、イエジー・カワレロヴィッチ、アンジェイ・ムンク、ロマン・ポランスキーらがいるが、その中でも、祖国ポーランドにとどまり、徹底してポーランド社会にこだわった作品を産み出し続けた男が、今や巨匠のアンジェイ・ワイダである。
  ワイダの監督デヴューは1954年。最初の三作『世代』『地下水道』『灰とダイヤモンド』は「抵抗三部作」と呼ばれ、それらの作品によってワイダのその名は世界的に、衝撃と共に、認知される訳だ。ナチスへの抵抗運動を描いた『世代』にはスターリニズムの強烈な締め付けへの配慮を感じるのだが、あとの二作『地下水道』『灰とダイヤモンド』ではスターリニズムによって貶められていた非共産党系の最大の地下抵抗組織、ロンドン亡命政府系の国内軍AK(ARMIA KRAJOWA)の勇士達にワイダはスポットを当て、共産主義国特有の公式的映画に、毅然と背を向けたいわば反体制的な作品を産み出すに至るのであった(ワイダ自身、レジスタンスに参加。AKの連絡員であった)。

  まずは、監督ワイダにとっての第二作目、レジスタンス映画の名作『地下水道』だ。自身も反ナチス抵抗運動に参加したワイダは、自世代の運命・敗北を、映画作品として総決算する必要があった。西のヒロシマ・ナガサキとも称される、悲惨を極めたワルシャワ蜂起の、夥しい数の同胞の難死への鎮魂。そして、ワルシャワ蜂起に参加しなかったワイダ自身の決着。当時三十一歳のアンジェイ・ワイダにとって、「抵抗三部作」は避けて通ることの出来ない必然であったのだ。
  「私が何故この二本の映画(『地下水道』『灰とダイヤモンド』)を作り、何故これらの作品が私の最初の映画でなければならなかったのか……という質問を、私自身にも発しているのですよ。(中略)私はワルシャワ蜂起に参加しませんでした。戦後、私はクラクフの美術学校に入学しましたが、そこでの人々は、戦争体験はなく、美術に熱中していました。一方で、私と同じ世代のある人々は、戦争という状況を生き、戦争という悪を見、恐怖の中で苦しみました。私は何も体験していません。そこで私は、何とかして償いをしようと決心しました。私は、私のかたわらを通り過ぎて行った戦争という歴史的事件の体験を、他の人々と共有出来ないことで深く恥じ入っていたのです。私は映画で戦争を追体験することにより、私の個人史の中での空白のページを埋めようと考えました」(アンジェイ・ワイダ)
  ソ連赤軍の進軍近しと判断したロンドン亡命政府は、ソ連赤軍の「解放」以前にワルシャワをポーランド人自身の手に確保せんが為に、武装蜂起を決断。それが未曾有の惨禍をもたらすワルシャワ蜂起だ(1944年8月1日から10月2日までの六十三日間)。蜂起軍の死者は二万六千人、市民の死者はなんと二十万人にも及ぶ。大都市の市街戦であったことも重なり、そこには言語を絶する地獄絵図があった。ヒトラーはワルシャワを絶滅せよと指令していたのだ(この間、8月25日にパリが解放されている)。
   本作は、第二次大戦下のポーランドに於ける対独ゲリラ戦のピークにあったワルシャワ蜂起の一挿話を描いている。

  舞台は1944年9月26日、ワルシャワ蜂起の降伏一週間前のモコトフ区。ナチス・ドイツ軍による爆撃で廃墟と化したワルシャワの街でも、地下抵抗運動は悲惨な最終局面を迎えていた。
  国内軍AKのザドラ率いる中隊の戦闘拠点も、ドイツ軍に包囲され、もはや死を待つばかり。そこで彼らは、地下水道を通り都心のワルシャワ本隊に合流するという、起死回生の戦略を選ぶことにする。
  夜。生き延びた二十七名の隊員達は真っ暗闇の地下水道へ。汚水に浸かりながらの、悪臭漂う絶望的迷路世界である。やがて隊員達は、地下水道の中を散り散りばらばらにさまよい、作曲家ミハウは発狂し、耐え切れずにマンホールから地上へ出たモンドルイは、待ち伏せていたドイツ軍により射殺される。
  重傷の恋人コラブを背に抱え、道案内してきた女性ゲリラのデイジー。二人も、やっとのことで出口を見つけるのだが、そこはビスラ河へ注ぐ水路。目映いばかりの陽光を向こうに鉄格子が阻む。鉄格子の向こうに見えるビスラ河の対岸には、レジスタンスを救援する気のないソ連赤軍が到着しているのだが、もちろん暗黒の世界をさまよう彼らにそんなことを知る由もない。
  隊長ザドラと二人の隊員は、遂に目的の出口を見つける。しかし出口には、頑丈な鉄柵と仕掛けられた爆薬が。一人の隊員、ノッポの犠牲により出口は開かれ、ザドラと残った一人の従兵クーラは地上へ。しかしクーラは、自分だけが助かりたいが為に、残りの隊員が後から来ているという嘘を言いながら、ザドラに付いて来たのであった。人間が極限で晒す人格の崩壊。これを知ったザドラは立腹しクーラを射殺。そして隊員達の為に再びマンホールへと身を潜ませるのであった。

  ナチス・ドイツの残虐非道。理解不能なソ連赤軍の裏切り。イデオロギーと政治力学の翻弄。ポーランド戦中世代にとっての解放闘争の歴史は、そのまんま、ワイダの苦闘する映画人生と重なってゆくことになるのだ。
  なお、当初本作の副題には『彼らは人生を愛した』とあった。人間を愛したワイダは、イデオロギーによる受難者達の魂を、いたわるように描き切った。そして、地下水道を這い回った残党の一人が『灰とダイヤモンド』の主人公マチェクなのだ(『灰とダイヤモンド』の項に続く)。
  「ワイダは単に悲惨、涙、死だけを描いているのではない。それらを越えた澄明な暁闇の中で未来を狩りとろうと待ちうけているのである」(NHK取材班『わがポーランド』より)