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死刑台のエレベーター
  (1957年 フランス)
  監督: ルイ・マル
  原題: ASCENSEUR POUR L'ECHAFAUD
(LIFT TO THE SCAFFOLD)
  主要舞台: フランス

  映画とジャズの幸福な出会い。世界的な潮流となる「シネ・ジャズ」の先駆的作品といわれる本作『死刑台のエレベーター』は、ルイ・マル弱冠二十五歳の監督デビュー作であり、強烈なフィルム・ノワール風サスペンスとパリの持つ都会的詩情が見事に融合した犯罪映画の古典である。
  言わずもがな、音楽は「帝王」マイルス・デイヴィス。ツアーでパリを訪れていたマイルスは、当時の愛人ジュリエット・グレコの仲介により、マルから依頼を受け、ラッシュ・フィルムを見ながら即興でメロディーを紡ぎ出した。本作の持つ独特な倦怠感、緊迫感は、秀逸な脚本もさることながら、ジャンヌ・モローの存在感抜きには語れないが、マイルスのトランペットが醸すクールな頽廃的ムードの付加する詩情は、間違いなく『死刑台のエレベーター』の永遠性を高めている。
  「映画の音楽は初めてだったから、物凄く勉強になった。ラッシュ・フィルムを見ながら、即興で作曲するアイデアを得たからだ。殺人がテーマのサスペンス映画だったせいか、凄く古くて暗い、憂鬱な感じのする建物で演奏した。これなら音楽に雰囲気を与えてくれると思ったが、確かにそれは効果的だった。誰もが、その映画音楽を気に入ってくれた」(マイルス・デイヴィス)
  アンリ・ドカエのカメラによるシャープで深みのあるモノクロ映像。ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ演じる破滅的な男女の閉塞的世界。新人ばなれしたマルの恐るべき演出力。『大人は判ってくれない』『勝手にしやがれ』に先駆け、静かにヌーヴェルヴァーグは開幕していたのである。

  冒頭、秘かに愛し合う不倫関係にある二人、未開地開拓会社の技師ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)と社長夫人フロランス・カララ(ジャンヌ・モロー)が電話で話している。フロランスの夫であり、ジュリアンの上司であるシモン・カララ社長は、二人にとって自由を阻む邪魔者。二人の目論む完全犯罪、社長殺害を実行に移すジュリアンであった。
  フランス軍落下傘部隊の元大尉であったジュリアンは、錨付きロープを巧妙に使い、社長室に侵入。シモンを射殺し、拳銃をシモンの手に握らせ、自殺を装う。しかし、車で立ち去ろうとしたジュリアンは、物的証拠になってしまうロープを忘れてきてしまったことに気付き、再度ビルに駆け込み、エレベーターに乗るのであった。
  そこでとんでもないことが起こる。急にジュリアンを乗せたエレベーターが止まるのだ。ビル管理人が電源を切って帰ってしまったのである。万事休す。ジュリアンは閉じ込められたまま、フロランスとの約束の時間だけが過ぎてゆく。
  不安の中、消えてしまったジュリアンを求めてパリを彷徨うフロランス。
  一方、花屋の売り子ヴェロニクとその彼氏のルイは、放置されていたジュリアンの車を盗み、郊外へ。車中にはレインコート、小型カメラ、拳銃。ヴェロニクとルイはジュリアンの名でモーテルに投宿し、そこで知り合ったドイツ人観光客夫婦を殺害してしまう。
  翌朝、エレベーターから脱出したジュリアンはドイツ人殺しの犯人として捕まってしまうのであった。
  物語は、二組のカップルが引き起こす殺人事件、愛のかたちを、巧妙に交錯させながら急展開してゆく……。

  最後のオチはジュリアンの小型カメラにあったネガ・フィルムなのだが、現像液に浮かび上がるジュリアンとフロランスの幸福な笑顔のアップは、見事としか言い様のないラスト・ショット。これぞフィルム・ノワールの粋である。
  殺される社長はベトナム、アルジェリアで稼ぐ戦争商人。ドイツ人観光客とルイの会話もまた、当時が戦後十年しか経っていないフランスであることを思い出させてくれる。ここには第二次大戦を跨いだフランスの世代間の相剋があり、物語の背景には通奏低音のように「戦争」がある。
  フロランスが最後に独白する台詞「十年、二十年、無意味な月日が続く……」は、ナチス・ドイツと闘ったはずのフランスが、立場一転、植民地の宗主国として非道に振舞い続けている皮肉を、撃ち抜いているのだ(『アルジェの戦い』の項参照)。単なる「愛と犯罪のサスペンス・ドラマ」で片付けることの出来ない本作は、実は、フランスの深い闇を照らし出そうとしているのである。
  劇中、最後まで出会うことのないジュリアンとフロランス。一度も抱擁することのない二人の愛は、そのまんま、解決することのない当時のフランスの苦悩なのだ。