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イン・アメリカ <三つの小さな願いごと>
  (2003年 アメリカ)
  監督: ジム・シェリダン
  原題: IN AMERICA
  主要舞台: アメリカ
    20世紀FOX
価格:¥4,179(税込)

  19世紀中頃のアイルランドを襲った大飢饉(ポテト飢饉。彼らの主食は芋だ)は、アイルランド総人口の約四分の一が海外への移住を余儀なくされるという、名状しがたい惨事を生んだ。とりわけ、その行き先に選ばれた地は御存じアメリカ合州国。現在、アイルランド自体は南北合わせて人口約520万人だが、全世界に7000万人以上のアイルランド系移民がおり、その内アメリカに4200万人(イギリス系、ドイツ系に次いで多い)、その他、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏を中心に広く分布している。大飢饉による深刻な食糧危機のみならず、大英帝国の宗主国としての蛮行、宗教的弾圧、非道な搾取の重さに、改めて思い至る驚くべき数字である。そういえば、アイルランドの主要輸出品は移民、というジョークもあった。この「民族大移動」は何と1960年代まで続くのである!

  ポテト飢饉当時、アイルランド移民の主要渡航ルートは、家畜輸送船によりイギリスのリバプールを経由してアメリカへ向かうというもの。タイタニック号には程遠いおんぼろ小型船による旅は、ベトナム戦争時のボートピープルのような苛酷なものであったことが容易に想像出来る。実際、当時のアイルランド人渡航者生存率は約六十パーセント(!)。渡航中、チフス、コレラ、赤痢などの病により命を落とした者や、アメリカに渡れずにリバプールで売り飛ばされる女性などが後を絶たなかったそうだ(リバプール人口の約四割がアイルランド系。スコティッシュのマッカートニー以外のビートルズがアイルランド系であることは広く知られている)。
  そんな苛酷な思いの末、やっと辿り着いたアメリカで待ち受けていたのは、アメリカのエスタブリッシュメントを掌握していた WASP(White Anglo-Saxon Protestant)による民族差別であった。アイルランド移民末裔のジョン・F・ケネディの大統領就任は、アイリッシュ系アメリカ人にとって(本国人にとっても)、それはもう画期的出来事であったのだ。
  そのような、二世紀にわたるアイルランド移民を取り巻く状況は、出来不出来を問わず、移民の艱難辛苦を描いた映画を無数に作らせた。『静かなる男』などのジョン・フォードの諸作を筆頭に、『風と共に去りぬ』『我が道を往く』『波止場』『バリー・リンドン』『ヒア・マイ・ソング』『遥かなる大地』『タイタニック』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『アンジェラの灰』などなど……。
  本作『イン・アメリカ』は、『マイ・レフトフット』『父の祈りを』『ボクサー』の、今や巨匠のジム・シェリダンによる、移民一家を描いた感動作だ。シェリダン及び彼の二人の娘、ナオミ・シェリダンとカーステン・シェリダンとの三人による脚本は、80年代の初頭に実際ニューヨークへと渡った移民一家であるシェリダン家の実体験をベースにしており、劇中の死んだ息子もシェリダンの死んだ弟の実話を下敷きにしている。よって、劇中の父娘の眼を通した、いわばシェリダンの自伝ともいえる渾身作なのである。
  悲痛な家族の記憶、どん底の窮乏生活、人種差別、エイズといった底辺に生きる移民一家を取り巻く現実を、爽やかなユーモアで包み、さりげないリアリティをもってして繊細に描く筆致が見事だ。

  舞台はニューヨークのマンハッタン。おんぼろアパートに越して来たのは、アイルランドのダブリンから着の身着のまま、夢を追い求めてやってきた売れない俳優ジョニー(パディ・コンシダイン)と妻サラ(サマンサ・モートン)、そして彼らの幼い娘クリスティとアリエルの四人家族だ。新居はご近所から「ヤク中アパート」と呼ばれる程の荒んだ建物なのだが、極貧の彼らに当然選択の余地はない。

  貧困を逞しく生き抜く移民家族のアメリカン・ドリームと思わせながら、物語はこの移民一家の苦悩に満ちた過去を暴露してゆく。夫妻はもう一人の幼い息子、二歳のフランキーを階段からの転落死によって失っているのであった。家族のニューヨークへの移住は、貧困の為だけではなく、悲痛な過去との訣別、苦悩からの解放の意味もあったのだ。
  サブ・タイトルの「三つの小さな願いごと」とは、常にビデオカメラを持ち歩くことによって物語の視点を形成する、長女クリスティの独白だ。仕事がうまく立ちいかないジョニー、悲しみに疲れ果てるサラ、を見つめるクリスティの心の中にはいつも天国のフランキーがいる。そして生前の幼いフランキーがクリスティに残した言葉が窮地の家族を救うのである。それは、「願いごとには願っていいことといけないことがある。そして願えるのは三つだけ」というもの。一つ目の「お願い」は、カナダからの国境通過の時。二つ目の「お願い」は、夜店で ET人形を手に入れる時……。
  そんな中、サラは妊娠し、ジョニーは娘達を学校に通わせる為に夜勤のタクシー運転手になる。そして、ハロウィーンの日をきっかけに、階下に住む黒人アーティスト、マテオ(ジャイモン・フンスー)と一家の心温まる交流が始まるのであった……。

  一家の再生は、エイズに冒されていたマテオによる「奇跡」と、クリスティの三つ目の「お願い」によって達成される。深い悲しみを抱え、なかなか前進出来ない夫婦が、娘の心の中にも大きな痛みの宿ることを発見するラスト・シーンは圧倒的だ。

  静かな、苦悩からの解放。魂どもが一つになる光景。バルコニーからニューヨークの夜景を望む夫婦の視線の先には、冒頭のはためく星条旗(シェリダンが「9・11」のグランドゼロで撮った映像だ)、底辺でしぶとく生きる移民達の、もう一つのアメリカがあるのだ。
  愛による解決、思いやることによる再生の物語を、今のニューヨークを舞台に選び、描き切ったシェリダン。本作に込められたシェリダンの「願い」を、観る者は魂で受け止めたい。
  今やアメリカの権力中枢にも食い込むアイルランド移民の末裔達を想う時、「9・11」以降、俺の仲間のアイリッシュ・ミュージシャン達が抱え、吐露もした、えも言われぬアメリカへの複雑な感情と、本作で見せたシェリダンの思いが、俺には重なって見えたような気がしたのだ。
  最後に、二人の娘クリスティとアリエルを演じた実の姉妹、サラ・ボルジャーとエマ・ボルジャーの素晴らしい存在感に盛大なる拍手を!  彼女達の天然の笑顔、心を打つ迫真の演技は、ちょっとした驚きだ。

  「怖くなるほど素晴らしい心の軌跡の物語」(ガーディアン紙)
  「アイルランドの巨匠ジム・シェリダンのこれまでの中で最も素晴らしい作品」(スコティッシュ・サンデー・メール紙)