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夕映えの道
  (2001年 フランス)
  監督: ルネ・フェレ
  原題: RUE DU RETRAIT
(THE DIARY OF A GOOD NEIGHBOUR)
  主要舞台: フランス
    発売元:角川映画
販売元:ポニーキャニオン
品番[DVD]:PCBE-50945/¥4,935(税込)

  村落共同体の崩壊や核家族化が、人間関係の希薄な社会を増々押し進める昨今。特に世代間のコミュニケーションの不在は、ここ日本のみならず、先進国共通の深刻な問題である。例えば第二次大戦以降の、三世代、或は四世代の、文化的価値観の変貌するスピードは、人類史上に於いても他に例をみない速度なのではないか。ジジ・ババと「同じ唄」を共有出来ない、「孫世代」の新世紀。数百万年もの間続いた口承世界をグローバライゼーションが肩代わりする、そんな特殊な時代に我々現代人は生きているのである。
  1995年1月、阪神・淡路大震災ののち、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットというアコースティック・ユニットを立ち上げた我々は、民謡や壮士演歌、労働歌などをレパートリーに、避難所・仮設住宅・復興住宅などで夥しい数のライヴを敢行した(www.breast.co.jp/soulflower/sfms/sfms_profile.html#profile)。当時三十歳前後の俺にとって、七十歳・八十歳以上の聴衆を前に唄を歌うということは、実に新鮮な驚きの連続で、世代を超えて「唄を共有する」ことの難しさ・面白さが、実感として今だにこの胸の内に生々しく残っている。いつになく上気した日々は、「分かち合えた」実感によるものだったのだろう。「有事」であったからこそ成り立ち得たのかも知れない、「唄を共有する」という世代間コミュニケーションの有り様。人間が老いや人生の困難に直面する時に必要な何がしかはまさに「唄を共有する」ような場所にこそある、ということを学んだ気がするのだ。ある仮設住宅では、八十歳を越えたべっぴんさん達を唄と演奏で興奮させたい、と真剣に思ったものだ(ある程度成功!)。

  本作『夕映えの道』は、世代を超えた二人の女性のぎこちない交流を通して、老いと人生を見つめた、心温まる感動作。主演の二人の魅力的な演技によって、簡素な物語から人間の普遍性が切実に立ち上るのだ。

  舞台はパリの下町、20区のルトレ通り。会社を経営する独身の中年女性イザベル(マリオン・エルド)は、ある日、薬局で店員に言い掛かりをつける老女マド(ドミニク・マルカス)を、小さな古いアパートの部屋へ送ってゆく。老いの進む孤独なマドの住む部屋は、かなりな散らかりよう。老いの厳しい現実に直面したイザベルは、その日以来、この頑固で無愛想なマドのことを何故か放っておけなくなるのであった(イギリスの女性作家、ドリス・レッシングの原作小説『善き隣人の日記』では、イザベルが母親の最後を看取れなかった心の傷を持っているという設定らしい。映画ではそこに触れていない)。
  頑固なマドに負けない強硬姿勢で世話を焼くイザベルに、次第にマドも、心を許し、自分の生い立ちなどを語るようになってゆく。若い時分、別れた夫に子供を奪われたマドは、悲しみと絶望を背負い、かなりな年月を孤独に生きてきたので、誰かを頼るような生き方がもはや出来ないのだ。
  そんな二人の絆が育まれる中、マドに老人性痴呆の徴候が現れ始める。イザベルは、マドの体が癌に侵され、余命いくばくもないことを知るのであった……。

  ラスト・シーン。イザベルの「信じて。あなたの喜びが私の喜びなの」との言葉にマドが泣き出すシーンは、本当に胸を締め付けられる。多くの者にとって、老いとは「孤独との寄り添い」でもあるのだ。電気屋がイザベルに言う「僕らもいずれ老いる」という言葉が象徴するように、誰もが避けて通ることの出来ない問題がここにはある。
  イザベルは、マドの姿に、将来自分にも来るであろう老いの姿を重ね合わせた。そして俺は、イザベルの姿に自分を重ね合わせて、この映画を食い入るように観ていた。本作の、老いを他人事としない切実な提起に圧倒されながら……。そう、人生の美しさは、人と人との関わり合いの中からしか生まれ得ないのだ。
  なお、低予算での制作を強いられた本作は、ルネ・フェレ監督の住むルトレ通りで撮影され、「出演者もスタッフも全員半径三百メートル以内に住んでいる」(フェレ)そうだ。イザベル役のマリオン・エルドは監督の隣人。音楽担当も階下の友人。イザベルの恋人フレッド役は監督の息子、元夫ポール役は監督自身だ。「多くの芸術作品は、自分の周囲の何かを吸収して作られる。この映画はまさにそう」(フェレ)
  素朴に淡々と過ぎゆく至福の87分。何度でも観たくなる名作の登場だ。