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レディバード・レディバード
  (1994年 イギリス)
  監督: ケン・ローチ
  原題: LADYBIRD、 LADYBIRD
  主要舞台: イングランド
    発売元:シネカノン
作品詳細・販売情報:シネカノン >VIDEO & DVD >ケンローチコレクション

  最近ここ日本に於いても、欧米並みに「幼児虐待」や「ドメスティック・バイオレンス」の事件があとを絶たなくなってきた。いつの世も苦しむのは弱者であって、特に、人生を自己選択出来ない子供達が被害者になるような事件は、実に憤まんやる方ない。例えそこにどんな背景があろうとも、子供達からすれば大人達の勝手な事情に過ぎないのだ。子供達を救え!  その一語に尽きる。
  日本よりも早く深刻な状況に対応したイギリス政府は、親が子供(十七歳未満)を養育出来ないとの判断が下った場合、地方自治体が要保護児童としてその子供を保護する、という児童法を1980年代に制定。子供の人権保護にいち早く、積極的に乗り出したのであった。
  しかし、本作『レディバード・レディバード』でケン・ローチが取り上げた実話は強烈だ。子供の福祉、環境を優先するあまりに無実の毋親から子供達を次々に奪い去るという、恐るべき社会福祉局の官僚主義が本作の主題なのだ。もちろん社会福祉局の仕事によって救われた者も多くいることだろう。反スターリニズムの社会主義者ケン・ローチの、いわば勇気の一本とでも呼べるこの感動作は、当然、イギリスで大反響を巻き起こすことになるのであった。
  タイトルの LADYBIRD はてんとう虫。マザーグースの詩がモチーフになっている。「てんとう虫、てんとう虫/ 飛んでお帰り/おうちが火事だ/子供達はみんな逃げた/あとに残るは一人きり/ちっちゃなアンが一人きり/アンはこたつにはいこんだ……」。イギリスの子供は、指先にてんとう虫を乗せ、この唄を呪文のように唱えて吹き飛ばすのだそうだ。

  舞台はロンドン。アイリッシュ系の女マギー・コンラン(クリシー・ロック)はリバプール出身。カラオケ・パブでスペイン系の男ホルヘ(ウラジミール・ヴェガ)と知り合い、終バスに乗り遅れた彼女はホルヘの家へ行くことに。マギーは、ホルヘに、自分が社会福祉局に四人の子供達を取り上げられている話を始め、やがて激しく泣き崩れるのであった。
  そして回想シーン。マギーは全員父親の違う四人の子供と、貧しいながらも幸せに暮らしていたのだが、新しい夫のサイモンはことあるごとに暴力をふるうダメ男。ある日、マギーがたまたま留守にした時、漏電による火事が起こり、長男が重傷を追う。これをきっかけに「養育能力なし」の判定を社会福祉局に下され、次々と子供を「保護」の名目で奪われてゆくのであった。そして、マギー自身が子供の頃、父親から虐待を受けていたことなども回想される。
  母国パラグアイで弱者の為の権利闘争により政治亡命の身となったホルヘはやがてマギーと恋に落ち、愛し合う二人の間に娘のゾエが生まれるのであった。しかし幸せも束の間、またもや社会福祉局がマギーには養育能力がないと判定し、赤ん坊のゾエを奪っていくのであった。私が子供の時は誰も助けてなんかくれなかったのに、今は私から愛する子供達を次々と奪ってゆく!……怒りと悲しみに錯乱状態のマギーである。
  ゾラを取り戻す為、ホルヘはマギーに冷静になるように説得し、福祉局の職員に事情を説明するのだが、いつものようにやはりマギーは怒りを抑え切れない。裁判でも、隣人の老女による事実無根の証言に怒り狂い、錯乱するマギーがいる。そんなマギーの、火のように激しい直情的気質と次々に男を変える身軽さ、ホルヘの不法滞在が問題になり、結果二人はゾエを奪われるのであった。
  その内マギーは再び子供を身籠る。ホルヘにも晴れて滞在許可が下り、今度こそ幸せを掴もうという二人。しかし、愛らしい娘が生まれるも、またもや社会福祉局の登場だ。連れていかれる赤ん坊。錯乱して自殺しようとするマギー。ホルヘに出来たのは、興奮するマギーを落ち着かすことだけであった。
  絶望。ホルヘを激しくなじるマギー。初めてマギーに怒りを見せるホルヘ。お互いをなじり、泣き崩れた二人は、やがていたわり合うように静かに手を握り合うのであった。

  この悲惨な物語のオチはラストの字幕が教えてくれる。「マギーとホルヘの間には更に三人の子供が生まれ、二人はこの子達の養育を許された。だがマギーの六人の子供とは、面会もまだ許されていない」
  信じられない話だが、これは実話を元にしている。ローチの作品の中でもとりわけ劇的に進行する本作のストーリーは、観る者の胸を激しく掻きむしるだろう。「人間」を見ない官僚主義の恐怖。ローチは我々観る者に、一人一人が現実の社会に立ち向かうことを激しく希望しているのだ。
  そして、何と言っても圧巻なのは、マギーを演じるクリシー・ロックの演技だ。ローチは言う。「それは映画作家として人生の内に一度か二度しか得ることの出来ないものだった。クリシーは素晴らしかった。彼女は人々の感受性の深さについての事例を示したが、それらはまさに並外れたものだった。彼女と働くことはほとんど特権のように思うし、ウラミジール(ホルヘ役)と働くこともそうだ」
  初めてマギーとホルヘの二人が出会ったシーンに、ホルヘがマギーにスペイン語で詩を朗読する場面があった。「ロウソクの炎はいつかは消えるけれど、その炎が持っている希望と苦しみは新しいロウソクに受け継がれる」。愛の力によってマギーからホルヘに受け継がれた希望と苦しみこそが、本作の最も言わんとしていることなのかも知れない。
  魂の深淵に触れること。社会福祉の抱える困難に対する解決策はそこにしかない。そう、「闇があるからこそ光がある」(小林多喜二)のだ。