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クジラの島の少女
  (2002年 ニュージーランド)
  監督: ニキ・カーロ
  原題: WHALE RIDER
  主要舞台: ニュージーランド
    発売元:日本ヘラルド映画
販売元:アミューズソフトエンタテインメント
DVD:¥4,935
品番:ASBY-5218
発売日: 2004/6/25

  14世紀、ポルトガル帝国を先峰に始まった、西欧キリスト教白人文明による人類史上最大の蛮行は、地球上のありとあらゆる場所で夥しい数の悲劇を生み出した。アジアで、アフリカで、アラブで、アメリカで、オセアニアで、西欧諸国の白人種達は、銃と聖書を携え、非西欧世界への武力的侵略、植民活動を開始するのであった。
  数世紀にわたり、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカへと受け継がれる、白人種達による非西欧世界への悪逆非道な掃滅戦は、今だに「アメリカ大陸の発見」などという、加害者としての反省の色などこれっぽっちも見せない欧米白人の歴史観に現れているように、現在進行形であるとみなければならないだろう。現行のアフガニスタンやイラクでのアメリカの所業は、こういった西欧キリスト教白人文明の歴史の延長戦上に、確実にあるのだ。
  この数世紀は、西欧キリスト教白人文明による世界征服の歴史であると同時に、非西欧世界の原住民や奴隷達にとっての抵抗戦争の歴史であるともいえる。あまたの「書かれなかった歴史」に今こそ光を!  闇に葬られた夥しい数の魂の復権にこそ、壊れゆく現代の「解決」の鍵は隠されているのだ。

  本作『クジラの島の少女』の舞台、ニュージーランドもその例外ではない。原住民のマオリ族が平和に暮らしていたアオテアロア島(長く白い雲の意)では、1642年にオランダ人探検家アベル・タスマンがヨーロッパ人として初めて上陸を試みるも、マオリ族の激しい抵抗により断念。オランダのゼーランド州にちなんでニュージーランドと名付けられたアオテアロア島に多くの白人が住み着くようになるのは、その一世紀のちの1769年、イギリス海軍大尉キャプテンクックの上陸以降である。
  土地の所有権を巡る白人とマオリ族の衝突は、1840年のワイタンギ条約でイギリスに植民地化された以降も続き、1860年から1872年まで、激しい抵抗戦争が起こっている(1907年にイギリスの自治領となり、独立国となったのは1947年)。西欧列強と同じ論理でアイヌ、琉球、台湾、朝鮮を次々と侵略したヤマト族(日本人)が、「黒船」に対して土下座外交をした時期と同じ頃だ。
  本作は、伝統文化と移り変わりゆく時代との狭間で揺れるマオリ族の、勇者伝説がモチーフだ。 ニュージーランドには、一千年前ごろ、遠くハワイキから新天地を求め出発した勇者パイケアが、苦しい航海の末、クジラに助けられて辿り着いたというマオリの民族神話がある。先祖代々男を族長としてきたマオリ族の、ある一人の少女を巡る家族愛と奇跡の物語である。
  マオリ人の原作者ウィティ・イヒマエラは言う。「小さな勇気が世界を変え、女の子でもヒーローになれる。これは地球上のあらゆる社会や文化にも共通するメッセージです」

  舞台はニュージーランド北島の小さな浜辺の村ファンガラ。マオリの族長コロの長男ポロランギは男女の双子を授かるが、不幸にも出産時に妻と後継ぎになるはずの男の子を亡くし、コロの反対にも拘らず、残された女の子にパイケアという勇者の名を与えるのであった。
  悲しみに打ちひしがれたポロランギは村を離れ、パイケアは祖父母の許で育てられる。絶えゆく民族文化を危惧するコロは、男の族長後継者を望むあまり、当初、女性であるパイケアの存在を受け入れることが出来なかったのだが、パイケアの成長と共に、やがて孫を深く愛するようになるのであった。コロの妻、パイケアの祖母フラワーズはいつもパイケアの味方だ。
  パイゲアは十二歳になり、族長の後継を拒んだ父ポロランギはドイツでマオリ伝統工芸のアーティストになり戻って来た。ポロランギは、コロとの激しい口論の末、娘パイゲアを連れてドイツへ戻ろうとするのだが、パイケアは逡巡の末に祖父母の家にとどまるのであった。
  族長後継はあくまでも男でないといけないと信じるコロ。大好きな祖父コロに、女であるが故に認められないパイゲア。
  しかしやがて奇跡が起こる。ある日、海の底からクジラの一群が浜に打ち上げられ、一族の終末の暗示を悟った村人達が必死でクジラを海に返そうとする、その時、パイゲアを背に乗せた一頭のクジラが沖へと泳いでゆく……。
  そう、やはり一族の救世主はパイゲアだったのだ!

  マオリ族の伝統の行く末を一身に背負うコロ。グローバリズムの定向進化の中、因襲に背を向けようとするポロランギ。家族を、マオリの伝統を、心から愛している新世代のパイゲア。そこにあるのは、マオリに限らず、当節世界中でみられる世代間の相剋、そしてジェンダーの問題である。しかし、民族の誇り、家族の絆が時代の困難に打ち勝つ時、結局は愛の力強さに平伏すしかないのである。時代と共に変わってゆくものと、決して変わらないものが、高らかに謳われる人間の尊厳として示されるのだ。
  本作には、この数百年間、白人種によっていかに現状に立ち至ったのかを示すマオリ族の歴史描写が決定的に抜け落ちているのだが、監督・原作者・俳優・エキストラの全員をマオリ人で固めた本作の人々が、この映画に民族の誇りを感じている、そのことだけで充分なのかも知れない。「我々は持っている。お前達はどうなのだ?」と、彼らの誇りに満ち満ちた輝く表情が、既に全てを語っているのだから。