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息子のまなざし
  (2002年 ベルギー=フランス)
  監督: ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ
  原題: LE FILS
  主要舞台: ベルギー
    『息子のまなざし』
発売元:アーティストフィルム
販売元:東北新社
価格:¥4,935(税込)
DVD発売中

  青少年犯罪などを巡る議論では、往々にして、無責任なマスコミが個々の「気分」をご都合的に拾い上げ、情緒的に世論を煽り立てる。少年法の改正や死刑制度の存続を求める人々の大方の拠り所の一つ、加害者側の人権は守られているのに被害者側の人権はないがしろにされているではないか、という物言いなどは、その顕著な例だ。当然のように、過去の夥しい冤罪に対する反省など何処吹く風である。被害者側の人権を最もないがしろにしているのも、実は当のマスコミであったりするのだが、はっきりしているのは、厳罰主義や死刑制度が人間社会の何がしかを解決するなどとは決して思わない方がいい、ということだ。厳罰が犯罪を抑止する、という言説も、残念ながら世界的統計的に実証されてはいないのだから。
  しかし、大人の世界で連綿と続く、侵略戦争のような局面において、そういった倫理観は必ずしも適用されていない。アメリカ、イスラエルなどの蛮行に対して、被害者である側の人々が寛容でなければならないかのような論理、「報復の連鎖」を絶つべきだ、というような「喧嘩両成敗」論が相変わらず主流であったりするのだ。
  愛する人を殺された者の、深い悲しみ、加害者に対する並々ならない憎しみは、想像を絶するにあまりある。果たして人間は、最も憎い人間を受容し、許すことが出来るのか?  果たして悔悛した加害者は、被害者や社会に対してどう折り合いを付けながら生きてゆけば良いのか?

  本作『息子のまなざし』は、カンヌのパルムドールを受賞した全作『ロゼッタ』で見事な演出をみせたダルデンヌ兄弟が満を持して世に放つ、青少年犯罪を巡る、珠玉の感動作品だ。
  本作には感情を吐露する説明的な台詞がほとんどないのだが、主演のオリヴィエ・グルメによる表情の演技、肉体の演技が、極端な接近戦を挑むカメラによって浮き彫りにされ、観る者は知らず知らずのうちに、苦悩する主人公の複雑な心中を追体験させられるのだ。考え抜かれた、何げない日常的しぐさの連続。魂の深淵に触れるカタルシスがここにはある。

  舞台はとある職業訓練所。オリヴィエ(オリヴィエ・グルメ)は更生中の少年達に木工仕事を教えている。別れた妻マガリは、身籠り、再婚することになったようだ。
  ある日、訓練所にフランシス(モルガン・マリンヌ)という少年が入所してくるのだが、オリヴィエはフランシスが気になって仕方がない。訓練所の廊下で、街角で、フランシスを尾行するオリヴィエがいる。
  その理由は、オリヴィエとマガリの会話によってあっさりと明かされる。オリヴィエに対して、「私達の息子を殺した人間を何故、受け入れるの?」となじるマガリ。そう、新入りの訓練生フランシスは、オリヴィエにとって幾ら憎んでも憎み足らない、最愛の息子を殺した張本人であったのだ。
  そんなこととは露知らず、オリヴィエの木工技術に尊敬の念を抱くフランシス。職業訓練所での、無口な二人のぎこちない師弟関係が始まるのであった。
  週末、オリヴィエはフランシスを車に乗せて材木を仕入れに行く。車中、何故少年院に入ったのか尋ねるオリヴィエに対して、思い出したくない過去をぶっきらぼうに告白するフランシスであった。
  そして、材木置き場に到着した二人。オリヴィエは遂に「お前が絞め殺したのは俺の息子だ」と告げるのであった……。

  息詰まるラストの10分は圧巻だ。果たして二人は人生の次なるステージに立つことが出来るのか。ラスト・シーンの沈黙、静けさが予感させるものは?
  さりげなく口笛を吹くフランシス。また、車中で気持良さそうにまどろむフランシスを、無表情で見つめるオリヴィエ。俺の息子は死んだのに、どうしてお前は口笛が吹けるんだ!  どうして気持ち良く眠れるんだ!  声のない叫びを内包したオリヴィエ・グルメの静かな演技に、観ているこちらまで胸が一杯になるのだ。
  被害者と加害者。しかし言うまでもないが、お互い感情を持った人間同士だ。ドキュメンタリーを思わせる冷徹なカメラは、痛み、苦悩、困惑といった感情そのものを、ただひたすら黙々と写し出し、あっけらかんと我々に提示するのだ。割り切ることの出来ない複雑な感情の揺れだけがそこにある。
  簡単な解決方法などある筈もない。本作は「ただ見せる」のだ。しっとりと立ち上る人間の尊厳だけがヒントだ。ただ向き合うしかない。オリヴィエにもマガリにもフランシスにも、続きゆく人生があるのだから。

  ちなみにオリヴィエ・グルメは、あの『ナショナル 7』の主演の障害者役。あまりの役どころの違いに、観終わるまで全く気付かなかった。カンヌ主演男優賞も納得の、素晴らしい俳優だ。要注目。
  「持続し続ける密度、素晴らしい程の厳格さ。無駄な場面は一つもなく、余計な言葉も一つとしてない。欠くことの出来ないものだけがある」 (テレラマ誌)
  「ダルデンヌ兄弟のリアリズムは全てを溶かし込む。どの要素も突出することはない。一つが誤れば全てが崩れ去る程の、見事な均衡だ」 (カイエ・デュ・シネマ誌)