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死ぬまでにしたい10のこと
  (2002年 スペイン=カナダ)
  監督: イザベル・コヘット
  原題: MY LIFE WITHOUT ME
  主要舞台: スペイン
    発売・販売元:松竹株式会社ビデオ事業室
品番 DZ−0120(セル)
税込価格 ¥4,935
公式サイト 死ぬまでにしたい10のこと

  もしも医者から「余命二、三か月」と唐突に宣告されたら……。
  このあまりにも重い命題を、女性監督イザベル・コヘットは、軽妙な乾いた筆致で感動的に描き切る。
  孤独の中を彷徨する魂。ちりばめられたユーモア。本作『死ぬまでにしたい10のこと』が陳腐なメロドラマを軽々と乗り越えて圧倒的な人間讃歌に成り得ているのは、主人公アン(と演じるサラ・ポーリー)の素朴で透明な強さによるものだ。
  偶然書店で本作の原作と出会い、強く心を揺さぶられた監督のイザベル・コヘットが、ペドロ・アルモドバル(『オール・アバウト・マイ・マザー』)の会社 EL DESEO に脚本を持ち込むことによって、この傑出した物語の映画化は類い稀な才能を結集させることになった。
  「彼女がストーリーと脚本の第一稿を持って僕のところへ来た時には、僕自身が監督したいと思ったくらいだ。とても素晴らしいストーリーだったからね。僕はこの作品と彼女を本当に誇りに思っている」(ペドロ・アルモドバル)

  舞台はカナダ・バンクーバー。冒頭は、雨に打たれる主人公アンの独白だ。「これが私。雨の中で目を閉じる。こんなことするなんて思ってもみなかった。寒さに震えて、シャツにしみ込む雨を肌で感じる。ぬかるむ大地を足の裏で感じる。生命のにおい。葉を打つ雨の音。読んでない本の物語。それが私。他の誰でもない私よ」
  大学の清掃作業の夜勤をしている23歳のアンは、失業中の夫ドン、六歳と四歳の二人の娘ペニーとパッツィーと、母親の家の裏庭にあるトレーラーハウスで暮らしている。
  アンは、十七歳でファースト・キスの相手ドンとの間に子供が出来て結婚、十九歳で次女を出産している。プール作りの仕事が舞い込んで来たドンは、パッとしない男だが、優しい夫で、アンと二人の娘をこよなく愛している。父親は、かれこれ十年も刑務所に入っていて、葉書の一枚もよこさない。デボラ・ハリー(ブロンディ!)扮する母親は、孤独に取り憑かれ、人生を楽しむことを随分前に諦めてしまっている。
  夫のドンはアンに言う。「君と出会えて幸せだよ。こんな生活でも。何も買えず、旅行にも行けないけど、君は愚痴も言わない。一度も。僕は君の為にがんばるよ」
  そんなある日、突然襲った腹痛の為に病院で検査を受けたアンは、医師からあと二、三ヶ月の命だと宣告される。若さのせいで癌の進行が早く、卵巣に見つかった腫瘍が、既に体中へ転移してしまっていたのだ。
  アンは、この重大事を誰にも打ち明けない決心をして、一人、夜更けのコーヒーハウスで、死ぬまでにしたいこと、しておかなければならないことのリストを作るのであった。家族への、自らの人生への、溢れる愛情がほとばしる感動的なシークェンスだ。
  以下がその十項目。「娘達に毎日“愛してる”と言う」「娘達の気に入る新しいママを見つける」「娘達が十八歳になるまで、毎年送る誕生日のメッセージを録音する」「家族でビーチへ行く」「好きなだけお酒とタバコを楽しむ」「思っていることを話す」「夫以外の男の人とつきあってみる」「誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する」「刑務所にいるパパに会いに行く」「爪とヘアスタイルを変える」
  今まで通り、夜勤、育児、家事をこなしながら、アンは早速、ささやかなそれらの願いを実行に移してゆくのだ。コインランドリーでのリーとの出会い。恋。美容院。隣に引っ越して来た自分と同名のアン。父との再会。そして、愛するみんなへのメッセージの録音……。迫り来る死への恐怖を、溢れる「生」への実感によって振り払うアンの健気な姿があった。
  何げない、しかし愛おしい日常の美しさ。全身で生きる喜びを感じるアン。アンと担当医師以外、この悲しい現実を知る者はいないのだから、当然、周囲の者との葛藤やメロドラマは描写されない。しかし、我々観る者はアンと秘密を分け合っている。だからこそ、アンと子供との、夫ドンとの、新しい恋人リーとの抱擁の姿があまりに悲しく切ないのである。
  そして映画は、「私のいない人生(原題)」を映し、幕を閉じる。

  アンは生の充溢の中を精一杯生き切った。アンと秘密を分け合った観客は、知らされなかった夫ドンへ若干の同情を寄せながらも、人生を強く愛することの素晴らしさを、アンから教えて貰えることだろう。死に直面することによって人生が価値あるものに変わる、その決定的瞬間に我々は立ち会うのである。
  ちなみに DVD特典ディスクの「メイキング」でみれる、監督イザベル・コヘットのアナーキーなぶっ飛びぶりもなかなかいい。コヘットは言う。「サラ・ポーリーは並外れた女優です。どんな映画監督にとっても、彼女と仕事が出来ることは類い稀なる特権だと思います。まず虚栄心というものがありません。鏡を見ているところなど見たことがありません。(中略)何よりも彼女は賢く思慮深く、ユーモアのセンスもあります。演劇学校で学ぶような、計算しつくされた演技などという打算的なところは見られません」
  忘れがたいサラ・ポーリーの演技、表情。「人間」が描かれた傑作との出会いを堪能あれ。