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コーリャ・愛のプラハ
  (1996年 チェコ=イギリス=フランス)
  監督: ヤン・スビエラーク
  原題: KOLYA
  主要舞台: チェコ

  1989年秋、雪崩を打ったように始まるいわゆる「東欧民主化革命」で、チェコスロヴァキアはいち早く「ビロード革命」と呼ばれる無血革命を達成し、1967年の「プラハの春」を指導したドプチェクが議長を務める新連邦議会が、反体制知識人バーツラフ・ハベルを大統領に選出したのであった。
  ハベルといえば、「プラハの春」の頃から民主化を求め(「人間の顔をした社会主義」)、長年ワルシャワ条約機構体制と闘った、抵抗人であり劇作家。彼らのような、民主化を求め闘ったチェコ知識人達は、西側文化の極北、ロック・ミュージックを秘かに聴き続け、特にハベルが「プラハの春」の頃にヴェルヴェット・アンダーグラウンドやマザーズ・オブ・インベーションをこっそりと聴いていた話は広く知られている(のちにハベル大統領とルー・リードの会見が実現している)。

  本作『コーリャ・愛のプラハ』は、まさに共産主義体制崩壊寸前のチェコの激動期に生きた、冴えない中年音楽家と一人の男の子との、心温まる出会いと別れの物語だ。監督ヤン・スビエラークの実父であるズディニェク・スビエラークが、主役のロウカ役、脚本を担当している。

  舞台は1988年、首都プラハ。フランティ・ロウカ(ズディニェク・スビエラーク)は、五十五歳独身のチェリストで、かつてはチェコ・フィルの首席奏者まで務めた名手であったが、女性問題で転落、今はその日暮らしのぐうたら生活である。葬儀専門の楽士や古くなった墓碑銘の修復などで食い繋ぐ毎日だ。
  ある日ロウカは、友人の持ちかけてきた話しに乗り、チェコ国籍を欲しがる子持ちのロシア女性と偽装結婚をする。謝礼金でトラバント(自動車)を買い意気揚々のロウカ。愛人達との性生活も順調だ。
  ところが、そのロシア女性は、ロウカのもとに五歳の息子コーリャ(アンドレイ・ハリモン)を残したまま、恋人が待つ西ドイツへと亡命してしまう。言葉の通じない幼いコーリャを抱え、悪戦苦闘、煩わしさに嘆くロウカである。そしてそれは、秘密警察にマークされる日々の始まりでもあった。
  やがて二人の間に芽生える「親子」の絆。人生に音楽と女しかなかった冴えない中年男と、母を失いながらも健気に順応しようとする少年との、心温まる共同生活の微細な描写が実に楽しい。
  例えばこんなシーン。町はずれの映画館で、ロシアのアニメが上映されているのをコーリャが見つけた。しかし、客は彼ら二人だけなので上映して貰えない。泣いてごねるコーリャ。五人いれば上映するという受付のおばさんから、ロウカは五枚のチケットを買うはめに。こうして貸し切り状態の映画館で二人はロシア・アニメを観るのである。半ベソのコーリャの表情が、映画を観始めるやいなや一気に破顔。素敵なシークェンスだ。
  コーリャが地下鉄で迷子になっても、寝付けなくても、ホームシックになっても、病気になっても、いつも必死のロウカ。育まれる二人の信頼関係を、映画は美しくユーモラスに描いてゆく。
  そんなおり、ベルリンの壁が崩壊。遂にチェコでも「ビロード革命」により民主化が達成されるのであった。
  空港。コーリャを迎えに来た母。別れの時である。「さよならパパ。いつ会いに来てくれるの?」。無言で見送ったロウカは小声でただ一言、「達者でな」と呟くのであった。
  「ビロード革命」祝典にスメタナの連作交響詩 <わが祖国> のオーケストラ演奏。ロウカは、チェコの英雄、ラファエル・クーベリック(本人)指揮のチェコ・フィルに復帰している。見守る彼の恋人クララのお腹にはロウカの子供が……。
  機上から見る雲海。コーリャの唄声。
  「主は我が羊飼い。我に欠けるものなし……」

  激動する政治状況の下、一つの出会いと別れを、実に瑞々しく爽やかに活写した感動の一篇。これぞ映画という感銘。観る者は、コーリャとロウカの人間味溢れる魅力に屈服せざるを得ないだろう。そして、さっぱりとスマートな小気味良いユーモアの連射、淡々とした描写から立ち上る静かな感動は、監督ヤン・スビエラークの並外れた演出力を思わせる。
  そう、いつだってこんな映画が観たいのだ。

  弾圧される側から一躍大統領になることになった男、ハベルの言葉で締めよう。「人間は何ゆえに政治権力を願望するのでしょうか。そして、何ゆえにこの権力を一旦手に入れると手放したがらないのでしょうか?  我々は心ならずも、自分達が排撃していた前任者達に、しばしば深刻なまでに似通い始めているのです。私は“特典”“例外”“コネ”の世界にいるのです。市街電車の乗車券やバターが幾らするのか、コーヒーの入れ方、自動車の運転や電話のかけ方さえ、もはや知らないことになり始めている、名士の世界にいるのです。つまり、私が生涯批判し続けた、あの共産党的上流階級そのものの世界の入口に立っているのです」
  ちなみに1993月1月、チェコとスロヴァキアが無血で分離し、チェコスロヴァキア連邦は解体した。