オンライン魂花時報WELCOME TO NAKAGAWA TAKASHI'S WORLD中川敬のシネマは自由をめざす!リスト > セントラル・ステーション
NAKAGAWA TAKASHI'S ALL CINEMAS GO FORWARD TO FREEDOM !
セントラル・ステーション
  (1998年 ブラジル)
  監督: ヴァルテル・サレス
  原題: CENTRAL DO BRASIL
  主要舞台: ブラジル
    DVD:¥4.935
品番:ASBY-5065
発売元:日本ヘラルド映画
販売元:アミューズソフトエンタテイメント

  孤独な魂の出会いと別れ。無表情に行き交う人の波。本作は、母を亡くした孤独な少年と人生に投げやりな初老の女の、心温まる交流を描いた感動のロードムービーである。失業、孤児、ホームレス、暴力が日常の、様々な想いを抱えた人々が行き交う大都市、リオ・デ・ジャネイロ中央駅が「旅」の出発点だ。

  元教師のドーラ(フェルナンダ・モンテネグロ)は、リオの中央駅で文盲相手に「代筆投函業」を営んでいる。出稼ぎ労働者達は、家族への連絡、ラヴレターなどの代筆及び投函を彼女に依頼するのだ。そんな客の中にはアンナと彼女の息子ジョズエ(ヴィニシウス・デ・オリヴェイラ)もいた。九歳のジョズエにとっては顔も知らない父親への手紙なのである。
  過去のトラウマと下卑た都市生活による対人不感症のドーラは、投函料をせしめる為に、送る手紙と捨てる手紙を適当に選んでいるような女。その心はかなりな荒みようだ。リオでサヴァイヴするということは、倫理や道徳に目をつぶるということでもある。父にあてたアンナとジョズエの手紙も、そんな「捨てられる一枚」であった。
   しかしそんなドーラの生活が急変する。翌日、再び駅にやって来た母子が二度目の手紙を依頼した直後、母アンナがバスに轢かれて死んでしまうのであった。突然母を亡くし、リオに知人のいないジョズエは、一人、駅の構内をうろつく路上生活しか選択肢がない。
  ドーラは、ジョズエに同情しながらも、ある男からジョズエを「養子縁組斡旋所」に「売る」ことを持ち掛けられ、その報酬でかってから念願の新しいテレビを購入する。しかしのちにドーラは、ジョズエが「里子」ではなく、臓器売買に提供される運命であることを知り、良心の呵責に囚われ、ジョズエを決死の覚悟で救出し、見事奪還に成功するのであった。
  こうして、二人の「送られなかった父親への手紙」を届ける珍道中は始まるのである。
  長距離バスの道中、一文無しになってしまった二人を助けたのはトラック運転手。彼は男やもめの巡回伝道師であった。ドーラは彼の優しさに心惹かれるが、牧師であるその男は誘惑に負けそうになったことを恥じ、二人を置き去ってしまう。悲嘆に暮れるドーラを慰めるジョズエ。「さっき口紅を塗った時、きれかったよ」。一人の女に立ち戻ったドーラの心理描写がいい。
  次に辿り着いた村は巡礼者で賑わう村祭り。一文無しのドーラはジョズエの発案で「代書投函業」を再開する。そこで依頼された手紙は、リオで彼女が代筆したものとは違い、純粋な神への感謝、家族への想いが詰まった愛情溢れる手紙ばかりであった。
  やがて二人には強固な絆が生まれ、ジョズエとドーラは、お互いの父への想いを語り合うのであった。巧みに描かれる二人の心の変化。徐々に人間性を取り戻してゆくドーラがいる。
  しかし、やっとのことで二人が辿り着いた父親の住所には別の家族が住んでいた。失望した二人の前に、ジョズエの腹違いの兄達が現れる。文盲の兄達は、消息不明の父親から送られてきた手紙をドーラに読んで貰い、その手紙に、優しい父親の切ない想いが綴られていることを知るのだ。
  二人に別れの時が来る。朝焼けの中、こっそりと立ち去るドーラは、バスの座席で泣きながらジョズエに手紙をしたためるのであった。「いつかあなたが大きなトラックを運転する時、思い出して。私がハンドルを握らせたことを。私に会いたい時は、二人で撮ったあの写真を見てね。いつかあなたが私のことを忘れるのが怖い。私も父に会いたいわ。やり直したいのよ。ドーラより」
  「あの写真」に写る、最高の笑顔の二人。そしてこの別れは、二人にとっての、新たな人生への旅立ちでもあった。

  映画冒頭の代筆依頼をする人々は、撮影中、偶然駅構内にいた人々で、口頭の手紙の内容も全て彼ら自身の言葉である。素人とは思えない圧倒的迫真力だ。脚本には一応手紙の内容は準備されていたのだが、フェルナンダ(ドーラ役)が現場で机を置いた途端、人だかりが出来、人々は勝手に思い思い語り始めたということだ。中には撮影に気づいた者もいたが、フェルナンダに語りかける内、話の内容に夢中になっていってしまうらしい。消息不明の家族、人生への希望、不安。彼らの「語りたい」強い欲望がそうさせたのだろう。苛酷に過ぎる日常の営み、孤独や貧困の深さを物語っているエピソードだ。
  九歳のジョズエを演じるヴァニシウス・デ・オリビエラは、リオ・デ・ジャネイロ空港で靴磨きをしているところをヴァルテル・サレス監督に見い出されている。活写されたジョズエの淋しさ、強さは、彼自身の内に秘めたるものだろう。本作にあるのはそうした説得力だ。そして「相棒」フェルナンダ・モンテネグロの演技も完璧だ。
  大都市から「地の果て」へと向かう、広大な風景に彩られた二人の旅は、結果、自己アイデンティティを探索する旅でもあった。少年は父親を探し、女は愛と人生を探すのだ。
  混迷する大国、ブラジル。『セントラル・ステーション』は、ルーツを探すブラジル自体を謳った映画でもあるのだ。