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揺れる大地 <海の挿話>
  (1948年 イタリア)
  監督: ルキーノ・ヴィスコンティ
  原題: LA TERRA TREMA(THE EARTH TREMBLES)
  主要舞台: イタリア
    KKDS-63 ルキーノ・ヴィスコンティDVD-BOX
税込¥15,120
収録作品:「揺れる大地」「夏の嵐」「家族の肖像」
発売:紀伊國屋書店

  本作『揺れる大地』は、新たな写実主義の潮流(『自転車泥棒』の項参照)に先鞭をつけた『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1942年)で監督デビューしたヴィスコンティによる、ネオ・レアリズモ時代の代表的名作である(ヴィスコンティはレジスタンス活動に参加。ファシスト警察に逮捕され、ローマ解放の直前、脱走に成功している)。
  当初は劇映画でなく、イタリア共産党発案によるシチリア漁師のドキュメンタリーとしてクランクインした本作であったが、撮影中、度重なる資金不足に悩まされ、ヴィスコンティ自ら私財を投じ、苦労の末に完成した執念の力作である(当初は、農民編、鉱夫編も考えられ、逆境に立ち向かう被抑圧者を描いた「プロレタリア三部作」になる予定であった。サブ・タイトルはその名残りだ)。
  ヴィスコンティはのちに語る。「私のテーマは、シチリアのプロレタリアよ団結せよ、ということにあった。この映画を撮っている時、私の職業意識はいつも私にこう言い聞かせていた。お前はそれを最後までやり遂げなければならない。如何なる譲歩もしてはならない。それどころか、これこそが正しい道であるということを証明しなければならない、と」
  ヴィスコンティは、シチリアの窮乏生活、反骨の気概、荘厳な漁師の誇りを、悠然としたテンポ、モノクロームの素晴らしい映像美によって、永遠の叙事詩といった風格で描き切っている。シナリオなしの現地ロケ、出演者は全員素人の現地住民。当然、全編シチリア語である。

  舞台はシチリア島アーチ・トレッツァの漁村。漁師一家ヴァラストロ家の物語である。
  長男アントーニは常日頃、漁師達が仲買人の不当な搾取に甘んじているのを潔しとせず、ある日の仲買人達との喧嘩をきっかけに、家を抵当に入れ、銀行の融資を受け、独立自営の漁を始めることにする。

  仲間にも団結を呼び掛けるが、誰一人同調するものはない。村人に染み付いてしまった、連綿と続く被支配による諦観が覆う。
  一か月後、鰯の大漁で一家には希望が満ち溢れた。恋も成就し、得意絶頂のアントーニ(『ニュー・シネマ・パラダイス』のパラダイス座で検閲カットされたキスシーンがある)。
  しかし不運は訪れる。ある晩、出漁中の一家を時化が襲い、命からがら岸に戻るが、漁船は転覆、漁具は流され、アントーニはたちまちにして失業してしまう。塩漬けにした片口鰯の樽は、二足三文で仲買人に買い叩かれ、家は銀行に差し押えられた。手を差し伸べる者は誰もいない。恋人にも去られたアントーニは毎晩酒に溺れ、一家は離散、没落してゆく。
  ある日、どん底のアントーニは、船大工の幼女ローザに「私にあなたを助けられたら、助けてあげるわ」と励まされる。もちろん幼い少女がアントーニを助けることなど不可能である。しかし、彼女の健気で優しい気持ちは、荒れるアントーニの心を動かしたのである。
  屈辱的な失笑の中、再び仲買人の船に乗りこんで、漁に出る決心をするアントーニ。失敗に終わった「蜂起」ではあったが、厳粛な面持ちでオールを漕ぐアントーニの表情は、以前とは違う、誇りに満ちたそれであった。波しぶきの中、未来のかなた、一点を見つめる「威厳」である。

  ヴィスコンティが本作で強調するのは階級的矛盾である。同時代の殆どの映画にみられる感傷主義は一切排され、「現実」のみが冷徹に描写されるのだ。そして、連帯の重要性が静かに立ち上るのである。以下はヴィスコンティ自身の言葉だ。
  「精神的状態や心理的葛藤を理解する鍵は、そのまま社会を理解する鍵になる。結局私は、人間追求の域を超えず個々としての人間を見つめるだけだが、歴史に脈々として流れる血潮には人々の情熱と社会問題が溶け込んでいる」「この映画の財政のことだが、最初、私は共産党が出資してくれた三百万リラで撮影を始めた。この金を使い果たしてしまった時、党は言った。もう君に金をやる訳にはいかない、と。だが、映画はまだ四分の一も撮り終えていなかった。私は言った。私が撮りたいと思っている作品からすれば、映画はまだ始まったばかりだ、そしてこれはどうしても完成させなければならないのだ、と。こうして粘り強く、さまざまな局面に対処しながら、我々は連帯してこの映画を撮り終えたのである。今の若い作家達が制作条件の悪さを理由にするが、我々があの時に遭遇していた困難に比べたら何のことがあろう。我々はより急進的で、より勇気があり、より戦術的であった」
  若きヴィスコンティ、不屈の映画人生の序章である。