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ブルジョワジーの秘かな愉しみ
  (1972年 フランス=イタリア)
  監督: ルイス・ブニュエル
  原題: LE CHARME DISCRET DE LA BOURGEOISIE
(THE DISCREET CHARM OF THE BOURGEOISIE)
  主要舞台: フランス

  「ブニュエルの映画には魔力がある。それらの映画の作り出す効果が、多くの網膜の残像効果を凌駕し、その映画が終わった瞬間から映画館を出るまで満足感が持続するという意味である」(アニエス・ヴァルダ)

  ブニュエルのその長い映画監督歴は、彼がスペイン内戦以降メキシコへ亡命したことにより、大きく三つに分けられる。シュールレアリズム運動時代(画家のダリと組んだ1928年の『アンダルシアの犬』など)、メキシコ時代(1950年の名作『忘れられた人々』など)、そして1960年代以降の、スペイン、フランス復帰以降の晩節である。
  そして、彼の作品に首尾一貫してあった、信仰への冒涜、特権階級への皮肉は、本作から始まる「遺言三部作」(『自由の幻想』『欲望のあいまいな対象』)で、円熟の極みをみせる。公序良俗なんのその、現実と夢、時空間を自在に行き交いながら、階級の陥る「集団ノイローゼ」をユーモアたっぷりに描いてゆく。
  フェリーニもベスト・シネマに挙げる本作『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』は、「おあずけ」を食らい続けるブルジョワ紳士淑女の間抜けな生態、食欲と性欲の嬌態をシュールに描写した、見事な傑作諷刺コメディである。

  ところはパリ。ラテン・アメリカの新興国ミランダ共和国(実在しない。ブニュエルいわく「特にどの国でもない。色々な国々の要素がそれを構成している」)の駐仏大使ラファエル(フェルナンド・レイ)は、外交官特権により密輸したコカインを、友人セネシャル(ジャン・ピエール・カッセル)、テブノ(ポール・フランクール)らと分け合っている。
  この鼻持ちならないブルジョワ三人組は、妻らを伴い、日々贅沢な晩餐に興じるのだが、御馳走に手を付けようとすると、必ずや思いも寄らぬ邪魔が入る。約束した日時の間違い。自殺したレストラン主人の通夜。ホストであるセネシャル夫妻のセックス。演習中の軍隊の闖入。女達がカフェで紅茶やコーヒーを頼んでも、店は紅茶もコーヒーもミルクも切らしているという調子だ。
  情事も「おあずけ」だ。ラファエルは、テブノ夫人(デルフィーヌ・セイリグ)と不倫を重ねていたが、いざことを始めようとすると、テブノの訪問で邪魔されるのだ。
  次第に物語は、夢と現実の境界を曖昧にし、観る者を幻惑する。食卓に座ると幕が上がり何故かそこが舞台上であったり、陸軍大佐の晩餐会でラファエルが大佐を殺したり、食事中に刑事が乱入し一同が麻薬密売容疑で逮捕されたり……。
  遂に、紳士淑女一同は待望の食事にありつく。食卓に並ぶ豪華な料理の数々。年代もののワインを傾け、いざフォークとナイフを手にしたその瞬間、突然、ガラスを打ち砕く破壊音。「左翼テロ」の襲撃だ。ブルジョワ達の饗宴は、全員射殺という形で幕を閉じるのであった。
  そしてこれまた夢だ。延々続く広い田畑をゆく道を、紳士淑女六人の退屈な顔が、秘かな愉しみ、美食と情事を求めてさすらうのだ。

  ひたすら荒唐無稽に繰り返される、特権階級の欲望を拒む「おあずけ」。美食の快楽を禁じられた末の残酷な結末はことごとく「夢オチ」だ。夢と現実が等価に置かれ、夢自体がまた夢の中の夢であったりして、どれが物語中、現実であるのかは、もはやさほど重要ではない。「夢は現実の延長、不眠の人生の続きだ」(ブニュエル)
  妄想劇の中でのたうつ哀れな特権階級の生態が、秩序撹乱者ブニュエルによって、微細に、意地悪く、時に親密に示されるのである。何も声高に彼ら特権階級の嗜好を指弾するまでもない。ちょっとした「悪戯」が彼らの下劣な有り様を浮き彫りにするのである。
  なお、本作には馬鹿馬鹿しいスキャンダルのオチがある。本作がアカデミー賞の候補にノミネートされた際、ブニュエルはジャーナリストとの会食で強烈な冗談を飛ばした。ジャーナリストの「オスカーが取れると思うか?」との質問に、ブニュエルいわく「うん、間違いなしだと思う。向こう様が言って来た二万五千ドルはもう払ったしね。アメリカ人には欠点もあるが、約束は守る人達だよ」。マスコミを騒がせた買収スキャンダルである。勿論おふざけであるが、ブニュエルらしい珍騒動だ。ブニュエルが振り返る。「三週間経って、作品はオスカー(外国語映画賞)を得たが、この(騒動の)お蔭で私は回りの人達に何度も言ってやることが出来た。“アメリカ人には欠点もあるが、約束は守る人達だよ”」