オンライン魂花時報WELCOME TO NAKAGAWA TAKASHI'S WORLD中川敬のシネマは自由をめざす!リスト > フェイシズ
NAKAGAWA TAKASHI'S ALL CINEMAS GO FORWARD TO FREEDOM !
フェイシズ
  (1968年 アメリカ)
  監督: ジョン・カサヴェテス
  原題: FACES
  主要舞台: アメリカ
    タイトル:「フェイシズ」DVD
発売元:東北新社
価格:¥3,990(税込)
発売表記:DVD発売中
作品公式サイトURL:www.tfc-dvd.net

  「驚いたことに、僕は芸術的かつ興行的な成功を手にすることが出来たんだ。今度は自分の国でだよ。僕のやってきた無意味に思えたことにも価値があるって認められたんだ。そして映画作家は、自分が嫌いなゴミみたいな映画を撮らなくてもいいってことが証明されたんだよ」(ジョン・カサヴェテス)

  カサヴェテスは、全財産をつぎ込んだ『アメリカの影』(1959年)以降、生活の為に役者としてテレビドラマへ出演していたが、テレビの効率主義的非芸術性に辟易し、パラマウント社の『トゥー・レイト・ブルース』(1961年)や、ユナイテッド・アーティスツ社の『愛の奇跡』(1963年)など、ハリウッドからの監督依頼を受け入れた。
  しかし、やはり拝金主義のハリウッドにカサヴェテスの居場所はなかった。特に『愛の奇跡』の撮影で、ことごとくプロデューサーのスタンリー・クレイマーとぶつかり、挙げ句には内容を改竄されたカサヴェテスは、以降二年間、完全にハリウッドをほされるのであった。「じっと家にいて、ただ庭の木を見るだけだった」(カサヴェテス)
  この経験は、彼の映画人生を完全に決定付けた。商業主義に背を向け、自主制作であっても常にやりたいことを選択する生き方、映画監督ジョン・カサヴェテスの、本当の意味での映画人生がここに始まったのである。
  第二のデビュー作ともいえる『フェイシズ』は、メジャー映画会社に一切頼らず、自宅を抵当に入れ、役者仕事のギャラを全てつぎ込み(ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』主演の頃だ)、約三年半もの制作期間を経て完成した入魂の名作である。演技を重視し、人間をしっかりと描く映画を作りたいというカサヴェテスの意気込みと趣旨に賛同した仲間達は、各々が仕事を終えた夜間にカサヴェテスの自宅へ集まり、資金不足に悩まされながらも、一つの目標の為に力を合わせた。
  特に、公私ともにわたるパートナー、ジーナ・ローランズの精神的(または経済的)バックアップは、カサヴェテスに大きな勇気を与えた。「僕は女房に、次の映画はただやりたいように作るぞと話した。僕の新たな熱意を見て、彼女はとても喜んでくれた。映画を信じてくれたのは、ジーナ、モーリス・マッケンドリー(制作)、アル・ルーバン(撮影)、そして時間をさいてくれた役者達だけだった。映画会社はどこもバックアップしてくれなかったし、僕もそんなものには興味がなかった。自分で脚本を書いて撮影しようと決めると、家に帰ってジーナに言った。“今後二年はどんな贅沢もしないで大丈夫かい?  持っているものは全て映画につぎ込むよ”。彼女は言った。“いいわ。ただし髪のセットだけは別よ。それだけは譲れないわ!”」
  こうして、アメリカ映画史上最も重要な一本『フェイシズ』は、自己表現としての映画を心から愛した者達の、圧倒的な熱意、純粋さから誕生したのであった。

  社会的な地位もある実業家リチャード・フォレスト(ジョン・マーレイ)は、仕事仲間フレディ(フレッド・ドレイバー)と、高級娼婦ジェニー(ジーナ・ローランズ)の家で、寒い乱痴気騒ぎに興じている。とりとめない酔っ払いの会話は無意味に延々と続く。
  家に帰るリチャード。結婚して十四年になる妻マリア(リン・カーリン)との間に子供はいない。醒めきった愛を隠すだけの、取り繕った会話だけがそこにある。
  突然、リチャードは真剣な表情で離婚を切り出し、マリアの目前でジェニーに電話をかけ、家を出る。
  客の相手をするジェニーの自宅に闖入するリチャード。からむ客を追い出し、二人は一夜を共にする。虚しく過ぎてゆく中年男達の夜を、ひたすら表情を追うカメラがクローズ・アップする。
  一方のマリアは、三人の女友達とディスコへゆき、若い男チェット(シーモア・カッセル)を連れ、自宅でパーティーだ。恋を忘れていた中年女達の、若い男を巡る乱心の夜は更けてゆく。
  マリアは、チェットと一夜を共にするが、自らの不倫に動揺し、睡眠薬自殺を図ってしまう。チェットによる必死の介抱で意識を取り戻すマリアだが、そこへリチャードが帰宅する。マリアを罵るリチャード。階段に座る無言の二人の間にもはや愛はない。
  差し込む爽やかな朝日が、疲れ果てた沈黙の中年夫婦を照らし出す。

  経済的豊かさの獲得と引き換えに破綻してゆくコミュニケーション。中流アメリカ人の夫婦を中心に繰り広げられる、虚しい喧騒から浮かび上がる「顔ども(FACES)」が、迫真の演出、カメラ・ワークによって活写される。幸福の仮面をかぶった家庭の崩壊、傷口をさらけ出す、作り笑いのあがきを暴露してゆくのだ。
  物語に積み上げられた隠された情動。本作以降、カサヴェテスは、愛を描きながらも、凝視するように個人の「顔ども」にうっすらと浮かぶ、秘められた情動にスポットを当ててゆくのだ。
  ハリウッドに無視された独立資本の魂の結晶は、公開後、一般的にも高評価を得て、アメリカ映画界の一匹狼ジョン・カサヴェテスの名を世に認知させることになるのであった。