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二十四時間の情事
  (1959年 日本=フランス)
  監督: アラン・レネ
  原題: HIROSIMA、 MON AMOUR
  主要舞台: 日本

  アラン・レネは、『ヴァン・ゴッホ』(1948年)、『ゲルニカ』(1949年)、『夜と霧』(1955年)などの、詩的で印象的な傑作短編を数本発表したのち、本作『二十四時間の情事』で本格的に長篇監督デビューした。1959年といえば、ヌーヴェルヴァーグ元年。彼もまた、アニエス・ヴェルダ、ルイ・マルらと共に「セーヌ川左岸派」として、ヌーヴェルヴァーグに分類されており、パリ映画界の「新たな波」はここにピークを迎えていた。
  ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を冷徹に描いた『夜と霧』(別項参照)に続き、本作でレネは広島の原爆を描く。とはいえ、ドキュメンタリーの『夜と霧』とは違い、ここでは、フランス人女優と日本人建築技師の逢瀬の場所として、原爆投下からちょうど十四年目(1959年8月6日)の広島が選ばれているといった趣だ。勿論、史上初の日仏合作映画で、実際に広島でロケが行われている。
  モンタージュされる広島の記録映像は圧倒的。ここで描かれるのは、記憶と意識の流れ、逡巡する独白、忘却と再生の物語である。
  レネは言う。「私は観客と疑問をわかち合ってる。彼らと共に質問する」。
  原題は「ヒロシマ、我が愛」

  フランス人の女優(エマニュエル・リヴァ)は、反戦映画の撮影の為に広島へ来ている。一夜限りの情交をもった相手、建築技師の日本人(岡田英次)との、独白とも取れるピロー・トークが延々続く。暗室で抱き合う二人の裸体のアップ。「君はヒロシマで何も見なかった。何も」「私はすべてを見たの。すべてを」
  会話にかぶさる衝撃的な映像は、病院の被爆患者、原爆投下直後のニュース映像、再現映画、原爆資料館、平和広場、記念アーチ等々。
  お互い家庭をもつ身であることがほのめかされ、独白は、二人のつらい過去へと向かう。男は、十四年前の原爆により家族を全員失っており、出征の為、被爆を免れている。一方、女の方は、故郷ヌヴェール(フランス・イヨンヌ県)での、心から消し去ることが出来ない戦時のつらい記憶を宿している。
  広島の街を彷徨する二人。明日パリへと旅立つ女と、建築技師の、二人に残された時間はあとわずかしかない。独白は続く。
  彼女が愛した男はドイツ人。当然、禁じられた恋であった。ナチス・ドイツからの解放の前日、その恋人は射殺されてしまい、「裏切り者」の彼女は、丸狩りにされ、「非国民」の娘を恥じた父によって地下室に監禁される。精神に異常をきたしてゆく彼女。地下室で迎える二十歳の誕生日。
  未明、彼女の中で、目前の建築技師とドイツ人の恋人、徘徊する広島の街とヌヴェールの街が同一化する。「私はあなたのことを忘れるわ。もう忘れてしまったわ。私が忘れていくのを見て。私を見て……」
  そして、二人は広島の朝を迎えるのだ。

  この短い愛の物語は、新たな人生への再生の為に、二人が見なくてはならなかった、幻のようなものだ。
  同時期、洋の東西にあった二つの戦争。ナチスを背負った女と、ヒロシマを背負った男の、「物語」の出会い。個人の「記憶」が公の「記憶」と静かに軋みながら煩悶し、「歴史」が決して回収出来ない「記憶」、風化しない残酷な「記憶」だけが、劇中の二人の硬直したフランス語の台詞のように、虚ろに響き、宙を舞うのである。記憶の数だけ歴史は書かれるべきであるし、あまたの唄(詩)はそのようにして紡ぎ出されてもきたのだ。
  レネは語る。「私の欲望は、ただ、無限で遥かな変化を観客の中に引き起こすことだ」
  なお、トリュフォーは、「造形的な面で全く新しい映画」として、オーソン・ウェルズの『市民ケーン』、ゴダールの『勝手にしやがれ』、そして本作『二十四時間の情事』の三本を挙げている。

  しかしそれにしても、アメリカによる原爆投下のような異常な戦争犯罪を告発しない戦後日本のナショナリストというのは、一体何なのだ。日本政府は、まず先のアジア侵略戦争に対する精算を厳粛に行ない(求められるのは適当な謝罪の言葉ではない。日本人の、真摯な反省に基づいた、真の平和を希求する外交姿勢、態度そのものだ)、その上で、アメリカによる民間人大虐殺(原爆や大空襲)や、当節の北朝鮮邦人拉致に対して、毅然とした態度で臨むべきなのだ。しかし、今回の「イラク人質事件」でもいよいよ明白になった。戦後一貫して、日本政府(自民党政権)にとって、「国民」の命なぞ、外交取り引き、自己保身の具でしかないのだ。