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クライング・ゲーム
  (1992年 イギリス)
  監督: ニール・ジョーダン
  原題: THE CRYING GAME
  主要舞台: アイルランド

  IRA(アイルランド共和国軍)の歴史を辿ると、源流は、1858年にアメリカへ逃れた独立運動活動家がニューヨークで結成したアイルランド共和主義者同盟(IRB)にまで遡り、1916年のイースター蜂起、1919年の対英独立戦争を通して、アイルランド義勇軍が IRA の名に定着していったのが始まりだ(『マイケル・コリンズ』の項参照)。1936年、分派した IRA はアイルランド自由国から非合法とみなされたが、武装闘争路線を継続。1969年には議会主義の正統派と武装闘争の暫定派に分裂し、1982年の正統派の改名(労働者党)以後、IRA といえば武装闘争路線の暫定派を差すようになった。
  北アイルランドでは、内戦の危機さえ叫ばれた「血の日曜日事件(1972年1月30日)」(『父の祈りを』の項参照)の頃を境に、カトリック側の IRA と、プロテスタント側の UDA(アルスター防衛協会)、UVF(アルスター義勇軍)などの軍事組織による、血で血を洗う武装闘争が泥沼化し(当然黒幕は英軍だ)、独立闘争義勇軍であるはずの IRA に対する市民感情も複雑なものに変化してゆかざるをえなくなった。
  そんな背景の中、本作は、ドロップ・アウトした IRA戦士を主人公に据えた、ニール・ジョーダン(『モナリザ』『スターダスト』『マイケル・コリンズ』)流ラヴ・サスペンスである。IRA が英軍兵を拉致する手口について、詳述記事を読んだ監督が長年あたためていた脚本でもある。
  「私は黒人でも、兵士でも、IRA の一員でもないから、準備にあたり慎重にならなければならなかった。IRA を異常な殺人集団として描きたくもなかった。ただ彼らは非常に強い信念に基づくあまり、人々に、また時には彼ら自身にも受け容れがたい行動をとってしまうのだ」(ニール・ジョーダン)

  舞台は北アイルランドのベルファスト。獄中の仲間救出の為に、IRA は人質として英軍黒人兵ジョディ(フォレスト・ウィテカー)を誘拐、アジトに幽閉した。英軍が三日以内に仲間の釈放に応じなければ、ジョディの命はない。しかし、ジョディの見張り役ファーガス(スティーブン・レイ)は、次第にジョディの人柄に惹かれ、二人は互いに友情を抱くのであった。
  黒人のジョディは、カリブに浮かぶイギリスの旧植民地アンティグア・バーブーダ(1981年独立)出身で、五歳の時、家族と共にロンドン郊外に移住してきた移民。物語は束の間、大英帝国に翻弄されてきた者同士の皮肉な出会いを映し出す。
  拉致されたジョディが、本質的には優しいファーガスの性(さが)を見抜き、寓話を話すシークェンスは重要だ。「川を渡りたがっている金づちのサソリが、カエルの背中に乗せてくれと頼む。カエルは云う。君を乗せたら僕を刺すに違いない。サソリは答えた。僕が君を刺したら両方とも溺れてしまう。カエルは暫く考え納得し、サソリを背中に、勇敢に川を渡り始める。だが半分まで来たところで強烈な痛みを感じ、自分がサソリに刺されたことに気付く。徐々に沈み始めるサソリとカエル。カエルは叫んだ。サソリ君、何故僕を刺したんだ?  溺死すると分かっていながら。サソリは答えた。仕方がないんだ。これは僕の性(さが)だから」。魂の帰属するところは個人の性(さが)にこそある、という本作の通奏低音を感じよう。
  そしてジョディは、自分が殺されたらロンドンにいる恋人ディルに会って「愛していた」と伝えて欲しいと、ファーガスに「遺言」を託すのであった。
  処刑決行の朝。銃殺の執行人はファーガスだ。森の中、突然ジョディは走り出し、叫ぶ。「君には兄弟を後ろから撃つことなど出来ない」。ただ追うだけのファーガス。しかしジョディは、救出にやって来た英軍の装甲車に無惨にも轢き殺されてしまう。IRA のアジトも英軍の急襲により爆発炎上。「一兵卒」達が虫けらのごとく瞬時に殺される、やりきれないシークェンスだ。
  辛うじて生き延びたファーガスは、「遺言」を胸にロンドンへ赴き、美容師兼歌手のディル(ジェイ・デイヴィッドソン)に会う。ジョディの死に関わったことを隠しながら、ファーガスはバーで歌うミステリアスなディルと恋に落ちてゆくのだ。
  しかし、服を脱いだディルを見たファーガスは一転、彼女を拒絶する。そう、ディルは男だった!  既にファーガスを愛しているディルは、傷付きながらも謝罪する彼を許すのであった。
  日々、ファーガスの脳裏を去来するのは、クリケットをするジョディの幻影である。
  そこに、死んだと思われた IRA のジュード(ミランダ・リチャードソン)とピーター(エイドリアン・ダンバー)が、ファーガスの所在を突き止め、現れる。ファーガスに要人暗殺の執行を強制し、断るとディルの命はないと脅迫するのだ。決して逃れられない組織原理の掟に、自らの立場を改めて思い知るファーガスであった。
  暗殺の決行日、秘密に勘付いたディルは、ファーガスをベッドに縛りつけ、ことの顛末の全てを聞き出す。一方、暗殺に失敗したピーターは射殺され、裏切りに怒るジュードは二人の元へ駆け付けるのであった。
  ジュードはディルの銃弾を浴び、ファーガスはディルの身代わりに獄中へ。
  数か月後、刑務所にて、面会のディルにファーガスは語るのであった。「川を渡りたがっている金づちのサソリが、カエルの背中に乗せてくれと頼む。カエルは云う ……」

  疾走感溢れる、シンプルで的確な演出や洗練された会話が、優れた脚本を極上のエンタテイメントに仕立て上げる。そんな古典名画の風格が本作にはある。混然と幾重にも重なり合う心理劇が示すのは、非論理的であやふやな「個人」への祝福、そして、「許すこと」の重要性だ。ニール・ジョーダン曰く、「理論的な表面の下には常に、非論理的な何かが奥深くに隠されていて、時には表面の姿よりずっと魅力的であったりする」。
  まさに!