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父の祈りを
  (1993年 アメリカ)
  監督: ジム・シェリダン
  原題: IN THE NAME OF THE FATHER
  主要舞台: アイルランド

  1968年、北アイルランドの少数派カトリック系住民は、イギリスとプロテスタントによる長年にわたる差別に立ち上がり、大規模な公民権デモを敢行した。
  プロテスタント側の妨害、警察やイギリス軍による弾圧が日増しに強くなり、「紛争」(侵略と抵抗ではないか!)は激化。大規模な武力闘争、テロの応酬により、70年代初頭にはアイルランド内戦の危機さえ叫ばれたのである。
  1972年1月30日、(ロンドン・)デリーでイギリス軍空挺部隊によるカトリック系住民虐殺事件(血の日曜日事件)が起き、3月にイギリス政府は強引な北アイルランド再直轄統治を強行する。「北アイルランド紛争」のピークである。この年の「紛争」による死者数は数百人にのぼっている。
  本作の脚本は、「ギルフォード・フォー冤罪事件」で十五年間ものあいだ服役させられたアイリッシュ青年、ジェリー・コンロンの回想録『PROVED INNOCEN』を元にしている。

  1974年10月5日、ロンドン郊外のギルフォード。イギリス兵がたむろするパブで IRA  (アイルランド共和国軍暫定派)によるとみられる爆弾テロが起こり、多くの死傷者が出た。頻発する爆弾事件に業を煮やしたイギリス政府は、容疑者を令状なしにイギリス本国へ強制連行し、弁護士から隔離したまま一週間拘留出来るという悪法、テロリズム防止法を制定。これは、容易に魔女狩り的捜査が出来る、差別的で非人道的な法律であった(「9・11」以降のアメリカを見よ)。
  ベルファストの貧困なカトリック地区で生まれ育ち、軽犯罪歴があり、はみだしもののヒッピー。当時ロンドン在住のアイリッシュ、ジェリー・コンロンは格好の餌食であった。コンロンは共犯者に仕立てられた三人の友人と共に、恫喝と暴力による尋問の末、自供書に無理矢理署名させられてしまう。憎悪に満ちたイギリスのマスコミは彼らに「ギルフォード・フォー」の呼称を与えた。
  コンロンの叔母アニー・マグワイヤーや父ジュゼッペまでが逮捕され、犯人検挙に躍起なイギリス警察による乱暴な捜査は、殆ど魔女狩りの様相を帯びてゆくのであった。
  そして遂に1975年10月22日、無実を訴えるコンロンら四人が、翌年には父ジュゼッペやマグワイヤー家の人々が有罪判決を受けるに至った(コンロンは無期懲役、ジュゼッペは懲役十二年)。証拠はない。根拠は「自白」のみである。
  長年にわたった弁護士ガレス・ピアースのたゆみない調査(イギリスの捜査当局は彼らのアリバイを隠蔽していた!)、支持者達と獄中からの再審請求運動によって、事件から十五年経った1989年、やっとのことで彼らは無実を勝ち取ったのであった。
  この身の毛もよだつ恐るべき実話を、監督のジム・シェリダンは父子関係の寓話として見事に料理している。

  ジュゼッペ(ピート・ポスルスウェイト)は敬虔なカトリック信者で、息子から見れば冴えない小心者の父。一方、無軌道な青春を送り、時には盗みも働く放蕩息子ジェリー(ダニエル・デイ・ルイス)は、当然父の理解の外だ。ことごとく対立する二人の確執。
  獄中で同室になっても(ここは創作)二人の精神的断絶は続く。ジュゼッペは一縷の望みを託し、再審を訴え市民団体に手紙を書き続けたが、一方のジェリーはふてくされ自暴自棄な日々を送るのであった。
  ひたすら続く獄中生活は、やがてジュゼッペの体を蝕んでゆく。二人きりの監房。視界には壁と各々の姿のみだ。次第に父を「知る」ジェリー。そして、ある日ジュゼッペは獄中で無念の死を遂げるのであった。
  事件から十年以上が経ち、ジェリーは父の汚名をすすぐために再審請求運動に身を投じている。もはや獄外の世論も彼らの味方だ。女性弁護士ガレス(エマ・トンプソン)は、地道で執拗な調査の結果、捜査当局による不正の証拠を握り、遂に法廷で再審請求を勝ち取るのであった。
  無罪!
  誇りに満ちたジェリーは法廷をあとにする。歓喜の瞬間だ。息子は、父から信念と生きることの尊厳、そして愛を学んだのである。

  監督ジム・シェリダンと主演ダニエル・デイ・ルイスのコンビは、『マイ・レフトフット』に続いてこれが二作目(後に1997年の『ボクサー』で三度目のコンビを組んでいる)。前作に続いて、アイリッシュの庶民が持つ独特な感情の機微を、軽やかな直感力で描き出している。重厚なストーリーもこのコンビならではの解放感に溢れている。
  彼の地アイルランドではあまりに多くの血が無益に流されてきた(『マイケル・コリンズ』の項参照)。本作には、ジム・シェリダンの、アイルランド市民の、心の叫び、切実な願いが込められているのだ。
  本作は訴える。暴力の連鎖を断ち切れ!と。