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戦火のかなた
  (1946年 イタリア)
  監督: ロベルト・ロッセリーニ
  原題: PAISA
  主要舞台: イタリア
    発売元: アイ・ヴィ・シー
販売元: アイ・ヴィ・シー
商品番号:IVCF-2155
定価:¥3,800(税抜)/¥3,990(税込)

  ロッセリーニ「戦争三部作」の第二弾。
  1943年7月、イタリアで二十年間権力を欲しいままにしてきたムッソリーニが失脚し、バドリオのファシスト政府は連合軍と休戦協定を結んだ。
  南端シチリア島に上陸し、サレルノ以南を占領する連合軍。休戦協定後、理不尽にも同盟国の北部を占領するナチス・ドイツ軍。国王とバドリオ政府は半島を南下、逃亡し、指揮系統を失ったイタリアの国軍は解体してゆく。そして、1943年9月、国民解放委員会は組織され、パルチザンによるレジスタンスが始まるのだ。

  舞台は、1943年7月の連合軍シチリア上陸から1944年冬までのイタリア。北上してゆく連合軍とイタリア市民の人間的交流、劇的物語性を排した戦争の悲惨を、六つの挿話を通じてセミ・ドキュメンタリー・タッチで描く。
  第一話はシチリア島。連合軍偵察隊の兵士と道案内役を買って出る地元女性の、言語を越えた交流。
  第二話はナポリ。米黒人兵 MP(米陸軍憲兵)と戦災孤児の、悲しくもどこかユーモラスなやりとり。少年に靴を盗まれた黒人兵は、両親を失った戦災孤児の悲惨なねぐらを目の当たりにし、最後には全てを理解するのである。そう、この黒人の帰るべき「祖国」アメリカにも、蔑視下の窮乏生活と「見すぼらしい小屋」があるのだ。
  第三話はローマ。泥酔する米白人兵と娼婦に身を落とした良家の娘の皮肉な再会、儚い悲恋。
  第四話はフィレンツェ。ナチス占領区の最前線。赤十字野戦病院の英国人看護婦とイタリア人が市街戦の真っ只中、恋人や家族の消息を追う。
  第五話はロマーニャ地方の山の修道院。宿を乞う、三人の従軍司祭の内の二人がプロテスタントとユダヤ人であるが故に、あわてふためく敬虔な修道僧達。彼等は、御馳走でもてなしながらも、「罪人達」に神の加護があるように祈って断食をする。本作中、最もユーモラスなシーンだ。
  第六話は北イタリア、ポー河流域。ドイツ軍に包囲され、補給路を断たれた米軍特殊部隊と、パルチザン闘士の連帯。しかし最後には全員捕獲され、ドイツ軍によって処刑されるのだ。手足を縛られ、軍艇から一人一人突き落とされるロング・ショット。惨くも雄弁なシークェンス。終戦数週間前の出来事である。

  「『戦火のかなた』では、出演者を選ぶ為に、私はカメラマンと一緒に説話のどれかのエピソードを撮るつもりでいた村の中心部に腰を下ろしました。好奇心の強い人々が周りに群がり、私は群衆の中から俳優を選びました。(中略)偶然が我々にもたらす状況や出演者は、概して最初の筋立てを修正させたのです。台詞とイントネーションに至っては、それを喋るアマチュア俳優によって左右されます。撮影の環境にあっても、出演者を普段の時のようにさせることだけが必要になるのです」
  ほぼイタリア全土を縦断する本作のロケハンに同行した若きフェデリコ・フェリーニ(『無防備都市』の共同脚本、『戦火のかなた』の共同脚本兼助監督)は、後に「私はこの映画でイタリアを発見した」と述べているが、この『戦火のかなた』に込められた制作者達の真意はまさしく、「祖国」の再発見にあったのではないか。
  終戦後まもなくのこの日本にも厳然とあった悔恨、平和への希求、そして不戦の誓い。
  戦後、真の意味で「祖国」を再発見するべきであったこの日本は、六十年後の現在、亡国的ナショナリスト(なんという形容矛盾!)達によって、恥ずべき再軍国化へと邁進している。
  真の映画人よ、音楽人よ、今何を思うのか。