オンライン魂花時報WELCOME TO NAKAGAWA TAKASHI'S WORLD中川敬のシネマは自由をめざす!リスト > 火垂るの墓
NAKAGAWA TAKASHI'S ALL CINEMAS GO FORWARD TO FREEDOM !
火垂るの墓
  (1988年 日本)
  監督: 高畑勲
  英題: HOTARU NO HAKA (THE GRAVE OF THE FIREFLIES)
  主要舞台: 日本
    販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
希望小売価格:,980(税抜)/,129(税込)
品番:DL93142

  「あの時は反対の声を上げようにも出来なかったが、今は違う。もう後悔したくありません」。これは年頭(2004年)、ある雑誌で見かけた八十歳の女性の言葉だ。
  嘘に塗り固められた「既成事実」に合わせ、法を変え、意識を変えてきたこの国日本は、敗戦後五十九年にして遂に、戦場に武装兵力を送り込むところまで来てしまった(その戦場自体からして、嘘によって仕立てられた捏造物である。そこには、地球上の一地域だけで狂信される、あわれな独善的歴史観がある)。ほんの半世紀ほど前に、あまたの魂の叫びとしてあった平和への祈り、軍縮への願いは、売国奴的右翼政権とそれを補完する無責任な情報産業によって、「なかったこと」にされようとしているのだ。
  ならば、音楽は?  映画は?  見ての通り。嘘に塗り固められた「賞」を無邪気に頂戴し、嬉々としている有り様だ。

  本作は、作家野坂昭如(原作)が自らの戦争体験をもとに綴った、言わずと知れた感動的な反戦アニメーション映画。美術班による繊細な時代の再現、もはや聞くことのないネイティブな関西イントネーション。アニメーションであるからこその、無駄のない、実写には容易でない際立った物語性の獲得に成功している(残念ながら、日本人有名俳優の稚拙な演技、有名監督のいい加減な演出では到底無理な相談だ)。

  舞台は1945年、天皇日本の無謀な侵略戦争が終息に向かう初夏の、米軍空襲下にある神戸。
  B29による連日の空襲は、幼い兄妹、清太(十四歳)と節子(四歳)から母を奪い取った。連合艦隊の父は消息不明だ。
  身を寄せた遠縁の親類宅で陰湿な苛めに遭う清太は、節子と二人、大人に頼らない横穴豪での自炊生活を決心する。兄妹水入らず、貧しくとも楽しい生活だ。食糧は川で取れるタニシやフナ。灯りは瓶に集めた蛍だ。
  幼心に母の死を認めた節子は、蛍の墓を作りながら洩す。「おかあちゃんもお墓に入ってんねんやろ。うち、おばちゃんに聞いてん。おかあちゃん、もう死にはって、お墓の中にいてるねんて」。節子との必死の自活に奔走してきた清太が、初めて「母の死」の悲しみに涙を流す場面だ。節子は言う。「なんで蛍、すぐ死んでしまうん?」
  やがて食糧も尽き、万策尽きた清太は畑泥棒をするようになった。ある晩、畑に忍ぶ清太は、農夫に見つかり、したたか殴られた挙げ句、警察につき出されてしまう。直ぐに釈放されたものの、幼い節子の体は、栄養失調の為、日に日に弱っていった。続く下痢。痩せ細る体。激しい発疹。
  ある日、川辺で倒れていた節子を清太は医者に診せたが、薬も出さずに「まあ、滋養を付けることですな」と素っ気ない。清太は叫ぶ。「滋養なんかどこにあるんですか!」
  そして遅すぎた「終戦」。
  清太は、銀行からおろしたなけなしの金で食糧を買い、節子にお粥と西瓜を食べさせるが、節子にはもはや口にする力もない。弱々しく「にいちゃん、おおきに」と節子。
  そのまま節子は静かに息をひき取る。亡骸を抱いて虚空を見る、衰弱した清太の姿があまりに悲しい。
  豪邸の蓄音機から流れる<ホーム・スイート・ホーム>。時間の止まった二人の横穴豪。はしゃぐ節子の幻。蛍舞う中の火葬。ドロップ缶に遺骨。
  そして、冒頭のシークェンスだ。
  1945年9月21日、三宮の改札口で清太は息絶えたのであった。

  戦後、日本のアジア侵略戦争を描いた表現物は、その殆どが被害者意識のみに基づいた、「加害」への想像力を極端に欠く「対米太平洋戦争もの」であり、ある意味『火垂るの墓』もその例外ではない。しかし、それでも本作は、徹底的な「子供側の視点」へのこだわりやディテールへの執拗な愛着によって、「大人達の戦争」を軽々と超えた普遍性を身に付けている。ここには次世代へと語り継がれるべき「子供達の戦争」「一人一人の戦争」があるのだ。

  2003年暮れの天皇誕生日に、アキヒト現天皇は、「お言葉」として、「真珠湾」以前の日本のアジア侵略史に触れた。済南事件(1928年5月3日、山東出兵)、張作霖爆殺事件(1928年6月4日、関東軍の陰謀による列車爆破)、満州事変(1931年9月18日、柳条湖鉄道爆破事件以降の中国東北侵略戦争)、上海事変(1932年1月28日、日本軍の謀略による日中両軍衝突)などの具体的事例を挙げ、「私どもは皆でこのような過去の歴史を十分に理解し、世界の平和に努めねばなりません」と語った(とはいえ彼は、自分の父親による過去の非道な戦争犯罪について、具体的には言及しない)。一年前の天皇誕生日にもアキヒトは、自分達のルーツが朝鮮半島にあることをほのめかしたが、それら「お言葉」(いわば天皇の「御心」)に従わない、反応しない、天皇を賛美する右派の連中、先の侵略戦争を正当化しようとするゴロツキども、というのは、良く考えると実は大変な「不忠の臣」ではないのか。もはや日本国において「右翼」という存在がカルトでしかないことを、当節の右派による亡国的政治状況が自ら示している。
  北朝鮮拉致問題に関しても、自らの「過去の精算」あった上で、毅然と言うべきことを言うという姿勢でなければ、全く筋が通らないというものだ。拉致被害者、及びその家族は、北朝鮮に人生を蹂躙され、今は日本国と右派のゴロツキどもに政治利用されているだけなのだ。