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マッシュ
  (1969年 アメリカ)
  監督: ロバート・アルトマン
  原題: M★A★S★H
  主要舞台: コリア
    発売元:20世紀FOX
www.foxjapan.com/dvd-video/
価格(税抜): ¥3,980(税込¥4,179)
商品番号: FXBH-1038

  1960年代後半、高まるベトナム反戦の声を反映するかのように、若き異才ロバート・アルトマンの指揮による、痛快なブラック・ ジョークに溢れた反戦コメディ映画が登場した。
  タイトルの M.A.S.H は Mobile Army Surgical Hospital (米陸軍移動野戦外科病院) の略で、映画の舞台は朝鮮戦争。アルトマンは、朝鮮と分かる描写を意識的にカットし、観客が「ベトナム」と混同するようにわざと仕向けている。
  型破りな、しかし、腕は超一流の外科医達による反権威的な悪ふざけ、無軌道ぶりが、厳しい軍規や「常識」を笑い飛ばし、挙げ句、戦争そのもの自体の不条理をあぶり出してゆくのだ。

  朝鮮戦争の最前線に「マッシュ4077」と名付けられた野戦病院がある。次から次へと重傷患者が運び込まれ、従軍医達は患者をただの肉塊のごとく処置してゆく。狂気の最前線。
  そこへ外科医不足の為に、ホークアイ・ピアス大尉(ドナルド・サザーランド)、トラッパー・ジョン(エリオット・グールド)、デューク大尉(トム・スケリット)らが送りこまれた。権威を茶化すのならお手のもの、彼等は横紙破りのクレイジーな反権威主義者達であった。
  実力がなく失敗を部下のせいにする敬虔なキリスト教徒フランク・バーンズ少佐(ロバート・デュバル)や、新任の規律形式主義者「ホットリップス」婦長少佐(サリー・ケラーマン)らは、ホークアイやトラッパーらの強烈な悪戯の洗礼に遭い、もはや軍規を振りかざすことが出来ない。ホークアイやトラッパーらは、ひねもす血の海の仕事が終わると、寸暇を惜しんでは猥雑極まりない悪戯に精を出すのだ。
  象徴的なホークアイとホットリップスとのやり取りだ。「普通の状態ならあんたも魅力ある女性だ。ベッドにも誘う。だが今のあんたはいわゆる軍隊バカだからな」「あなたみたいな最低人間がどうして軍医に」「徴兵だ」
  巨根の持ち主、歯科医のペインレスは巨乳看護婦との情交で自慢のイチモツが役に立たず、自分は潜在性のホモだ、自殺すると言い出す。一計を案じた仲間達は、ニセの毒薬を使い、自殺の儀式を演出する。そのシークェンスもダヴィンチの『最後の晩餐』を茶化す馬鹿馬鹿しさだ。

  ひたすら続く抱腹絶倒のエピソード。日本のラジオ曲から流れる間抜けな曲。それらが、この虚偽に満ちた戦争状態にある人間の営為を、見事に裁断してゆく。
  そこは戦場である。果たしてロバート・アルトマンは真剣に本作を作ったのか、と思わせる下品な逸話の羅列。しかし、血まみれで目を覆いたくなる手術シーンのカットの要請を毅然と断ったことで、全てが分かるというものだ。アルトマンは、「戦争英雄もの」の聖地ハリウッドで、はなからアメリカの侵略戦争を徹底的に茶化すつもりだったのだ(実際、フォックス社上層部を騙しながらの撮影でもあった)。
  土台、戦争自体が馬鹿馬鹿しい乱痴気騒ぎではないか。列強の「乱痴気騒ぎ」に付き合わされる側(本作では南北朝鮮の民)、被侵略側の顔が見えてこないという弱点はあるものの、本作は、戦争状態の内実、戦争の本質を浮き彫りにする(ジェンダー的視点に於いても逆説的に)優れた反戦劇である。
  冒頭、主題歌 <SUICIDE IS PAINLESS> が流れる中、二人の男の有名な言葉が画面に記される。マッカーサーとアイゼンハワーだ。今後「歴史」は彼等のような「戦争犯罪人」をどう定義してゆくのであろうか。
  「朝靄に映るは物の姿のあれこれ/私には分かる、自殺は苦しくないということが/それは色々な変化をもたらすもの/するかしないかは私の心次第/あなたも好きにするがいい」(<SUICIDE IS PAINLESS> より)

  ちなみに、この文の冒頭に「高まるベトナム反戦の声」と書いたが、60年代西欧社会の「ベトナム反戦」は過大評価され過ぎているきらいがある。特に、「カウンター・カルチャー論」(音楽を含む)にその傾向が著しい。欧米の市民反戦史という意味では、確かに重要な分水嶺ではあるが、それ以上に欧米列強が当時の「第三世界」に対して苛酷な隷属を強き続けていた、という事実が見過ごされてはならない。被侵略側の抵抗史があまりにも無視されているのだ。
  舞台の朝鮮戦争(1950年の勃発から1953年の停戦まで)では、南北朝鮮合わせて460万人が犠牲になっている(当時の総人口のなんと23%!)。朝鮮半島を七十年間にわたって蹂躙し続けた日本は、戦後、この朝鮮戦争の特需によって、史上例を見ない、飛躍的な復興を成し遂げた。戦前戦中の朝鮮侵略のみならず、戦後日本の政治態度と朝鮮南北分断は、実に密接なのだ。そうした事実を踏まえた上で、当事者としての「北朝鮮論」が語られるべきなのである。