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俺たちに明日はない
  (1967年 アメリカ)
  監督: アーサー・ペン
  原題: BONNIE AND CLYDE
  主要舞台: アメリカ
    販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
希望小売価格:2000円
品番:DLT01026

  言わずと知れたアメリカン・ニューシネマの金字塔。
  60年代、テレビの普及、または公民権運動、ロックンロールに代表されるカウンター・カルチャーの隆盛により、低迷するハリウッドは自らの凝固した(権力に都合の良い)倫理観をかなぐり捨てなければならなくなっていた。海の向こうでは迷彩服を着た若者がアジア人を大量殺戮し、自国内の周縁では黒人がリンチされ、崩壊した共同体社会は無数のミーイズムを産み出してもいる。そんな現実社会に於いて、旧態依然としたハリウッドのハッピーエンド主義は、もはや新世代の代弁者たりえない、お子様ランチと化していたのであった。
  そんな60年代のアメリカの若者達が愛したのは、自国の映画ではなく、刺激的な外国映画であった。イタリアのネオ・レアリズモ、フランスのヌーヴェルヴァーグ、イギリスのフリーシネマ、スウェーデンからはベルイマン、日本からは黒澤等々。そこにはハリウッド映画が決して見せてくれない、しかし現実に横たわる、バイオレンス、セックス、政治、幻覚、ロックンロールがあった。とりわけ、ゴダールやトリュフォーらのヌーヴェルヴァーグ作品がさりげなく示すリアリズムは、多くの若者達の心を捉えて離さなかった。
  1964年、『エスクァイア』誌に掲載された「新世代の気分」という特集で、熱狂的映画ファンの編集者デイヴィッド・ニューマンとロバート・ベントンは、きっぱりとハリウッドを切り捨てた。「僕らが映画で観たいカップルは古臭いスペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘップバーンではなく、『勝手にしやがれ』のジャン・ポール・ベルモンドとジーン・セバーグなのだ」
  そして、ニューマンとベントンは、実在した銀行強盗「バロウ・ギャング」という格好の素材を元に、「自分達の世代の映画」の脚本に着手してゆくのであった(当初、彼らが監督に想定したのはトリュフォー。トリュフォーの監督話が流れたあとも、ゴダールが企画を引き継ごうとしたらしい。結局、俳優のウォーレン・ベイティが主演兼製作を買って出て、『奇跡の人』で知られるアーサー・ペンが監督に落ち着く)。

  1930年代、アメリカ中西部を震撼させた銀行強盗「バロウ・ギャング」。ボニー・パーカー(二十三歳)、クライド・バロウ(二十四歳)の二人は、警官殺しの凶悪犯ではあるが、大恐慌下、ホームレスで溢れるアメリカ中西部に於いては、資本家から金を巻き上げ、権力を愚弄する、いわば義賊的英雄でもあった。
  物語は、強盗罪で二年間の服役を終えて娑婆に出て来たところのクライド(ウォーレン・ベイティ)が、盗む車を物色中に、退屈な日常を持て余していたボニー(フェイ・ダナウェイ)と出会うところから始まる。田舎町でウェイトレスをしながら性的欲求不満の捌け口を探すボニー。インポテンツの、これまた社会的欲求不満の固まりのような不良クライド。二人の欲求不満は、絆として結ばれ、あまたの銃弾として世間に吐き出されてゆく。
  ゲーム感覚で繰り返される銀行強盗、警官殺し。そして、その悪名が轟いたあとも、彼らの逃亡を手助けする人々。実際、「バロウ・ギャング」の逃亡を助けた人数は二十三人と記録されている。
  本作以前のハリウッド映画には見られなかった具体的なバイオレンス描写、性的描写が、軽やかなカントリー・チューン <フォギー・マウンテン・ブレイクダウン> と溶け合いながら、ハリウッド的予定調和をあざ笑うかのようにロードムーヴィーを進行させてゆく。
  そして、極めつけは有名なラスト・シーン、通称「死のダンス」と呼ばれる蜂の巣銃撃シーンだ。実際の二人に撃ち込まれた弾丸の数は百五十発だが、映画の中でも、八十七発の銃弾が彼らの身体に撃ち込まれる。弾丸に弾かれ宙を舞うクライド、痙攣しながら崩れ落ちるボニー。映画史を塗り替えた、暴力の美学に貫かれたこの名シーンの「美しさ」は、歴史上繰り返される、「弱者の敗北」へのシンパシーが根にある。約束されたような、勝利する者達の笑顔、正義の笑顔なんてもう観たくない。いかにグロテスクであれ、映画は現実を映し出すべきであったのだ。

  監督のアーサー・ペンは言う。「映画では誰かが銃を撃つと必ずカットが切れて、撃たれた人物が胸を押さえて倒れるカットに繋がる。血は出ない。そんなバカげた撮り方はご免だ。だいいちベトナム戦争の真っ最中だってのに、無邪気に血も流れないドンパチをやる訳にゃいかないだろう」
  当然のように、警官を悪し様に描き犯罪者を美化した初のハリウッド映画は、公開と同時に非難の集中砲火を浴びた。しかし、擁護する論陣の広がりは、新時代、新世代の到来を確実なものにしてゆく。1967年12月8日、『タイム』誌は「ニュー・アメリカン・シネマ……暴力とセックスの芸術」と題して、本作を表紙に起用。あとは御存じの通り、遂に「革命」は始まったのである。
  奇妙に併置された悲劇と喜劇、ヘイズ・コード(性描写、暴力描写の具体的な倫理規定)に隔てられた大胆と躊躇。本作の持つ時代的な不安定要素が、逆に独特な酩酊感を観る者に与えるのである。
  そして、フェイ・ダナウェイのボニー、ウォーレン・ベイティのクライド。映画史に残る「完璧なカップル」の登場でもあった。