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アメリカの影
  (1959年 アメリカ)
  監督: ジョン・カサヴェテス
  原題: SHADOWS
  主要舞台: アメリカ
    発売元:東北新社
販売元:東北新社
品番:TBD1056
税抜価格:¥3,800
©Faces Distribution Corp

  1950年代後半、既に役者としての道を歩み始めていたカサヴェテスが、満を持して、世に送り出した監督処女作。ニューヨークのタイムズ・スクエアを舞台に、街頭でのオール・ロケ、無名俳優の起用、脚本なしの即興演出でまとめた青春群像劇である。
  即興の台詞、演技、加えて(チャールズ・)ミンガスによる演奏も殆ど即興で、無謀なジャンプ・カットや多用されるクローズアップは、当時のハリウッド映画に馴らされた観客の目には相当斬新で奇異なものに映ったことであろう。当然のように、当初本国アメリカでは完全無視の憂き目に遭い、やはりと言うべきか、数年後、ヨーロッパでの絶賛によって、本作は世に知られることとなる。そう、大西洋の向こう岸は、怒れる若者達による新しい映画の登場、ヌーヴェルヴァーグ革命の真っ只中にあった。
  俺達は俺達の映画が観たいんや。ならば、自分達で作ろうやないか。手持ちカメラ、高感度フィルムの普及は、エレキ・ギターの普及と時をほぼ同じくして、新世代の表現欲求に火をつけた起爆剤であった。マーティン・スコセッシもウディ・アレンもジム・ジャームッシュもスパイク・リーも、そう、アメリカン・ニューシネマの型破りも、すべてはカサヴェテスの『アメリカの影』から始まった系譜上にあるといっても過言ではない。
  スコセッシは言う。「彼の映画は、カメラを持ちさえすれば誰にだって映画は撮れる、という気にさせてくれた。もう言い逃れは出来ない。カサヴェテスに出来たのなら、自分達にだって出来るはずだ」
  カサヴェテスは、自分達で作った演劇ワーク・ショップで試みた即興劇にインスピレーションを受け、ラジオ番組で、即興による自分達についての映画を作ってみたいと呼び掛けてみたところ、翌週には二千ドルが集まった。大企業でなければ作れないはずの映画が、インディペンデントでも作れる、その可能性を次世代に示したのが、本作『アメリカの影』なのだ。

  舞台はニューヨーク、タイムズ・スクエア。
  アパートに同居する混血の三人兄妹、ヒュー、ベニー、レリアのそばには、いつもジャズ、文学、ナンパ、恋がある。
  明らかに黒人の外見を持つ長男ヒューに比べて、次男のベニー、妹のレリアは、白人の血を多く受け継いでいるのか、殆ど白人に見える外見で、つるむ仲間や恋人も多くは白人であったりする。
  弟妹思いのヒューは売れない歌手。親友でマネージャーのルパートがもってくる仕事は、彼のプライドを傷つけるが、一家の暮らしの為に、屈辱に耐える日々だ。
  次男のベニーは駆け出しのトランペッター。不良仲間の白人達とナンパに喧嘩の日々。本作中、人種的葛藤、世代的焦躁を最も体現する存在である。
  ある日、二十歳のレリアは、白人の新しい恋人トニーと結ばれ、処女を失う。アパートまでレリアを送ったトニーの目前に現れたのは、黒い肌のヒュー。トニーのあからさまな困惑の表情に、当然激怒するヒュー。「二度と妹の前に姿を現すな!」
  トニーへの思いを引きずりながらも、自分が黒人であるという現実をゆっくりと受け入れてゆくレリアであった。
  三者三様の、戸惑う黒人ニューヨーカーとしての青春が、親密に、ぶっきらぼうに活写されてゆくのである。

  1989年に五十九歳で逝去したカサヴェテスが、監督として世に残した作品は僅か十一本。生涯、役者と監督の二足のわらじを履き続けたカサヴェテスは、役者で稼いだ全収入や、自宅を抵当に入れることによって映画を制作し続けた。公私ともにわたる素晴らしきパートナー、ジーナ・ローランズと共に産み出した、アメリカ映画の奇蹟ともいえる作品群(『フェイシズ』『こわれゆく女』『オープニング・ナイト』『グロリア』等々)は、そのどれもが重要だ。全作に貫かれてある、映画制作上の技法よりも俳優の感情表現に重きを置く徹底した演出姿勢は、若きカサヴェテスによる処女作『アメリカの影』から首尾一貫してあるものだ。

  「商業的な配給に乗せようなんて気はなかった。『アメリカの影』は全面的に一つの実験であり、僕らの主目的はただ学ぶということにあった。役者は一人も自分の苦労に対する報酬を受け取らなかったし、技術者も何も貰わなかった。情熱だった……僕らは自分達のしたいことをするっていう楽しみの為に働いていた。どのみち馬鹿げたことに使う小金を稼ぐよりは、創造的な仕事をする方が重要だ」(カサヴェテス)

  アメリカ映画の、数少ない良心の登場だ。