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無防備都市
  (1945年 イタリア)
  監督: ロベルト・ロッセリーニ
  原題: ROMA CITTA APERTA(ROME OPEN CITY)
  主要舞台: イタリア
    発売元: アイ・ヴィ・シー
販売元: アイ・ヴィ・シー
商品番号: IVCF-2154
定価:¥3,800(税抜)/¥3,990(税込)

  イタリアン・ネオ・レアリズモ。それはこの『無防備都市』の登場が決定づけた、従来の作劇法を翻す映画革命であった。「映画史は『無防備都市』以前と以後に二分される」とまで言わしめた本作は、後のフランス・ヌーヴェルヴァーグの怒れる世代にも多大な影響を与えた、戦後ヨーロッパ映画の金字塔である。
  ロッセリーニは言う。「『無防備都市』は恐怖についての映画です。本当の恐怖でした。私は三十四キロに痩せ、飢え死にしそうでした。私の中には、私が映画の中で描いたのと同じ恐怖がありました。私は自分が没頭したり、圧倒された事件を自覚しようと努めました。私はドイツ軍がまだイタリアを占領している間に、幾人かの友人と脚本を書き上げ、撮影を始めました。(中略)この映画を作り始める為に、私はベッドを売り払いました。そして次には整理箪笥と鏡付きの洋服箪笥を売ることになりました。残りの品物も同じ末路を辿りました」
  この映画を観て強烈な衝撃を受けた、当時人気絶頂期のハリウッド女優イングリッド・バーグマンは、家庭や名声を顧みることなく、イタリアのロッセリーニの許へと馳せ参じ、程なくして二人は不倫の恋に落ちる。このロマンスは世紀の一代スキャンダルとして知られることとなった。

  舞台は1943年、ムッソリーニ失脚後、ナチス・ドイツ占領下にあったローマ。
  枢軸国(ドイツ、イタリア、日本)の中で、早くに連合軍に追い込まれ休戦下にあったファシスト・イタリアでは、対独レジスタンスによる地下活動が熾烈を極めていた(その点が何よりナチス・ドイツ、天皇日本とことの事情を異にする。イタリアで終戦後間もなく、生命力溢れるリアリズム文化が爛熟したことは、この事実が大いに関係している筈だ)。
  普通の市民による日常的なレジスタンス。民衆意識に通底してある、「解放」の為の暗黙の了解。残酷非情なゲシュタポ(秘密警察)の執拗なる家宅捜査。有無を言わさぬ連行、そして残忍非道な拷問。
  この作品を貫く冷徹なリアリズムは、自らも銃器を手に生命を賭した映画人達の怒り、叫び、執念が描き出したものであり、その筆致はドキュメンタリーと見まがう程の圧倒的緊迫感をもってして、観る者に問うのである。戦争とは?  人間とは?
  パルチザンの為に偽の身分証明書を作っている敬虔な神父。ドイツ軍に連行されてゆく夫を追うが故に、射殺される妊婦。拷問の果てに、口を割らずに息を引きとる不屈のコミュニスト。
  そして圧巻はエンディング、ドン・ピエトロ神父の処刑シーンだ。金網の向こう、敬愛する神父の処刑をじっと見守る子供達。そう、彼等こそが「未来」であり、永続する解放運動の後継なのだ。

  ゴダールは言う。「映画とは、ある国民が自分自身の姿を見極めようとするやり方だと思う。真の意味でのレジスタンスを描いた唯一の映画はロッセリーニの『無防備都市』だけだ」
  撮影開始は1944年、ローマ解放直後(ローマ以外は独軍占領が続いていた)。その事実がこの映画の全てを物語っているではないか。

  「戦争の終わりには、我々は砂漠の中にいるようなものでした。それにも拘らず、ネオ・レアリズモの映画は、あの瓦礫の中で生きる為に現れたのです。我々は辛酸を極めた苦痛に関する詩を作ることなく、ゼロから再開したのです」「何よりも誠実に振る舞い、事物をあるがままに物語るという考えを信じていました。ここから、ネオ・レアリズモと呼ばれることになるものの必要性が生まれました。我々は戦禍を目撃し、くぐり抜けました。構築された物語を作り上げるような贅沢は、我々には許されなかったのです。大切なことは、我々を取り囲む事物に、真摯で厳粛なまなざしを向けることでした」(ロベルト・ロッセリーニ)