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大人は判ってくれない
  (1959年 フランス)
  監督: フランソワ・トリュフォー
  原題: LES QUATRE CENTS COUPS
(THE 400 BLOWS)
  主要舞台: フランス
    発売元:日本ヘラルド映画
販売元:ポニーキャニオン
品番:PCBH-50099
¥3,990(税抜価格¥3,800)
大人は判ってくれない

  「映画館でこれほど心を揺さぶられたことはない」(ジャン・コクトー)

  トリュフォーの『大人は判ってくれない』は、ゴダール『勝手にしやがれ』、クロード・シャブロル『いとこ同志』、アラン・レネ『二十四時間の情事』、ルイ・マル『死刑台のエレベーター』、ジャック・リヴェット『パリはわれらのもの』、エリック・ロメール『獅子座』等と並ぶ、ヌーヴェルヴァーグ黎明期の記念碑的作品だ。
  「フランス映画の墓掘り人」とまで揶揄された、過激な若き映画評論家トリュフォーにとって、短編『あこがれ』に続く初の長篇作であり、実質上の映画監督デビュー作である。

  本作で描かれた「家出少年」という主題は、殆どトリュフォー自身の自伝的要素に負うところが大きく、両親の愛を知らずに育った十二歳の主人公アントワーヌ・ドワネル(ジャン・ピエール・レオー)は、ある意味、トリュフォーの分身でもある。
  アントワーヌが少年鑑別所で精神科女医に告白する名シークェンスの台詞は、一片の誇張もなくトリュフォーの幼少期についての記憶である。
  「僕は最初、里子に出されたんです。それから、両親に少しお金が出来て、祖母に引き取られました。祖母は年寄りなので、だんだん僕の世話が出来なくなって、それで両親の所に帰って来ました。その時、僕はもう八歳でした。母は僕のことをあまり愛していないことが分かりました。つまらない、何でもないことで、しょっちゅう僕を叱りつけるんです。母のお腹に僕が出来た時、母は、つまり、結婚してなかったんです。それで祖母と母は言い争ったんです。つまり、母は僕を産む気がなかったんです。堕ろす気だったんです。僕が生まれたのは祖母のおかげなんです」
  家庭や学校から疎外されたと感じる多感な少年の心情と行動を、トリュフォーは実に親密にみずみずしく描き出す。
  授業中の悪戯。悪友とのエスケイプ。夫婦喧嘩。母親の浮気。プチブル根性丸出しの「新しい父」。独立への渇望。家出。窃盗。逮捕。鑑別所。脱走。孤独。
  「不当なる罰に泣くドワネル。天のみぞ知る。目には目を。歯には歯を」と、教室の隅に立たされたアントワーヌによる壁落書きがある。怒った教師は「若き詩人の誕生だ!」と皮肉り殴りつけるが、狡猾に生きる大人達やクラスメートを尻目に、いつの世も早すぎた「詩人」はエスケイプせざるを得ないのだ。「兵役に行く前にぶん殴ってやる!」。俺も賛成!
  母に愛されない孤独な少年の報復は、架空の「母親殺し」という形であらわれる。無断休校を教師に叱責されたアントワーヌは、思わず「毋が死にました」と嘘をつくのである(トリュフォーも少年期、同じシチュエーションで「父がナチスに連れていかれました」と教師に嘘をついている)。
  鑑別所に送られる車中、鉄格子ごしに夜の街明かりを眺めながら、初めて涙を流すアントワーヌ。鑑別所の金網をくぐり抜け、脱走するアントワーヌ。
  孤独という名の荒れ野を駆け、海へ。
  砂浜のストップモーション、カメラを射抜くアントワーヌの表情は、不安と希望に混濁した「脱出主義者」の決意の肖像である。アントワーヌであり、トリュフォーであり、俺でもあった。この忘れがたい、ぶった切ったようなラスト・ショットは、観る者に永遠に問い掛け続けるのだ。
  「さて、みなさんはこの少年をどうするつもりですか」(トリュフォー)

  「明日の映画は私小説や自伝小説よりも一層個人的なものになるに違いない。告白のようなもの、或は日記のようなものに。若い映画作家達は個人的で日常的な全ての事柄を一人称で描き、自分自身の体験を生き生きと語ることになろう。初恋の思い出から今進行中の恋愛に至るまで、或は政治意識の目覚め、旅行談、病気のこと、兵役のこと、結婚のこと、夏のバカンスの出来事、等々。そういった全てが観客の心を捕らえ、新鮮な感動で揺さぶるはずだ。何故なら、そういった全ては真実のものであり、これまで映画では語られたことのなかったものであるからだ。映画は、私達にとって、愛の行為と同じように身近な肉体的なものとなるだろう」
  トリュフォー二十四歳。ヌーヴェルヴァーグ宣言である。
  ちなみに「アントワーヌ・ドワネルもの」は、ジャン・ピエール・レオーを主人公に、『大人は判ってくれない』『二十歳の恋』『夜霧の恋人たち』『家庭』『逃げ去る恋』と、期せずして続いてゆくことになる。ドワネル役のレオーは当時十三歳。完結編『逃げ去る恋』まで、二十年間に渡ってこれらの連作と共に成長してゆくことになるのだ。