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スイート・シクスティーン
  (2002年 イギリス=ドイツ=スペイン)
  監督: ケン・ローチ
  原題: SWEET SIXTEEN
  主要舞台: スコットランド
    発売元:アミューズソフト販売
販売元:アミューズソフト販売
価格:3,800円(税抜)
©Sixteen Film Ltd,
Road Movies Filmproduktion GmbH Tornasol Film S.A.
and Alta Films S.A. MMII
サイト:アプローズ

  「私達全ては等しく重要であり、ドラマというのは中産階級の保護地ではないんだ」(ケン・ローチ)

  終始一貫して労働者階級側からの視点にこだわり続けるケン・ローチの作品は、そのどれもが重要だ。1967年の長篇処女作『夜空に星があるように』以来、この社会派リアリストが選んできた題材は、失業、不当賃金、危険労働、ホームレス、福祉、ジェンダー、反ファシズム、と多岐にわたるが、そのどれもが不平等や不幸の責任の所在を社会に問う、異議申し立てに貫かれている。90年代以降の作品だけをみても、劣悪な土木作業員の労働環境(『リフ・ラフ』)、窮乏生活下の親子愛(『レイニング・ストーンズ』)、幼児虐待と福祉国家の権威主義(『レディバード・レディバード』)、スペイン市民戦争の義勇兵(『大地と自由』)、ニカラグア移民の女性とバス運転手の恋(『カルラの歌』)、アルコール依存症の男(『マイ・ネーム・イズ・ジョー』)、といった具合だ。社会的弱者の絶唱は、彼の優しい視点とユーモアに裏打ちされた真のヒューマニズムによって、常に豊かな人間讃歌として観る者の心に響くのである。
  ケン・ローチの次世代による『ゴー・ナウ』『ブラス!』『フェイス』『フル・モンティ』といった、最近のイギリス斜陽系映画のそのどれもが、明らかに彼の作風の影響下にあることを認めなくてはならないだろう。その愛の深さ故の繊細な描写は、底辺群像劇の第一人者ケン・ローチならではの確立された作劇法なのである。
  待望の新作『スイート・シクスティーン』は、ある意味、ケン・ローチ版『大人は判ってくれない』ともいえる青春群像劇。時勢に気まぐれな大人社会に翻弄され続ける子供達の切ない叫びがここにある。

  スコットランドはグラスゴー近郊の港町グリーノック。かつて栄えた造船業の落ち込みは失業率を上げ、町からは活気が奪われている。
  十五歳の不登校児リアム(マーティン・コムストン)とその親友ピンボール(ウィリアム・ルアン)は、煙草を売り歩く日銭稼ぎの毎日だ。その自暴自棄な精神は、大人社会の権威など屁とも思っていない。

   リアムの母ジーン(ミッシェル・クルター)は、愛人である麻薬売人スタン(ゲイリー・マコーマック。エクスプロイテッドのベーシスト)の罪を被り服役中で、刑期満了は二ヵ月後、リアムの十六歳の誕生日前日である。
   リアムは、母や姉シャンテル(アンマリー・フルトン)とささやかな暮らしを持つことにあこがれ、荒んだ今の生活から脱出する決意を固めているが、シングル・マザーのシャンテルは以前繰り返された怠惰な母の所業に愛想を尽かし、積極的ではない。二人は母親がいるのにも拘らず児童養護施設で育っているのだ。イギリスでは、母親が親権者として的確でないと判断されると、子供は施設で育てられることになるのである。
  新生活に夢を馳せるリアムは、その為の金儲けに、スタンが仕入れていた麻薬を盗み出し、ピンボールと二人で売り捌く。親達がドラッグを扱うので、それを見て育った二人の薬包紙を畳む手つきも手慣れたものだ。仲間のバイト先であるピザ宅配を利用した販売ルートは大成功を収め、リアムは湖畔に念願のコテージを購入するのであった。
  しかし、リアム達の動向を本職のギャング達が見逃すはずはない。麻薬売買の胴元ビッグ・ジェイに気に入られたリアムは、本物のドラッグ・ディーラーになり、ヤクザの世界に深入りしてゆくのだ。
  ピンボールとの仲たがい。放火される湖畔のコテージ。
  売人として成績優秀なリアムは、ビッグ・ジェイの貸家を手に入れ、いよいよジーンの出所の日を迎える。出所したジーンをタクシーに乗せ、豪華な貸家に向かうリアムの自信に満ち溢れた表情は、切なく観る者の胸を締め付ける。
  しかし、母ジーンと最悪な愛人スタンとの共依存症的関係は、リアムの切実な新生活への想いを打ち砕くのだ。翌日、ジーンはスタンの許へと戻ってゆき、それに逆上したリアムは、思わずスタンをナイフで刺してしまうのであった。
  砂浜を呆然と歩くリアム。誕生日を祝うシャンテルから電話。絶望の淵をゆくリアムの、初めての涙だ。

  劇中に連続して張られた周到な伏線は、物語に安易な劇的要素を持ち込まず、より少年の悲劇をリアルに冷徹に描き出してゆく。麻薬売人の母の愛人を憎み、薬物依存の母を助ける為に自身もディーラーになる、この悲しき二律背反。リアムの心を内面規定してしまっている構造の問題は、幾重にも錯綜した階級的葛藤によるものであり、『大人は判ってくれない』から五十年弱を経た、現代社会の子供達の「しんどさ」を浮き彫りにしているのである。
  絶妙に不良役を演じるマーティン・コムストン(リアム役)は本作がデビュー作。なんと、スコットランド・リーグのモートンFC と契約していたプロ・サッカー選手である。彼は、ケン・ローチとの出会いにより苦渋の人生選択を迫られたが、プロ・サッカー選手としての成功を捨て、役者の道を選んだのであった。ケン・ローチは言う。「彼は労働者階級に生まれた聡明な少年で、誰もが彼の生意気さと、どんなに辛い目に遭っても笑顔を忘れない姿に、微笑まずにはいられないでしょう。彼はサヴァイヴァーなのです」。のちが楽しみな俳優である。
  現在スコットランド(人口約五百万人)では、毎年四万人以上の子供が退学し、保護を受けている一万人以上の子供の内、75%が卒業証書を得ずに中途退学している。大学進学は1%にも満たない状況だ。また、十代の妊娠率はヨーロッパで一番高く、約十万人の子供が家庭内暴力を経験している。
  ケン・ローチの盟友、脚本のポール・ラヴァティは語る。「たとえどれほど自分の家が混沌としていても、養護施設の殆どの子供達は母親に連絡したいと心に固く誓っている。思春期特有の自分だけでは持て余してしまうような壊れ易い繊細さと野蛮な勇気が、それがたとえ見当違いのものであっても、たやすく隣り合って存在している。私達は自分達の物語の中にその資質の幾つかを取り込もうと頑張ったんだ」
  また、本作はイギリスの映倫によって十八歳未満への公開を禁じられた。「汚い言葉(FUCK)が二百回以上使われている」というふざけた理由からだ。これに対してポール・ラヴァティは「身体の一部が飛び散り、差別描写が描かれる『ブラック・ホーク・ダウン』が R-15 で、『スイート・シクスティーン』が R-18 なのは理解出来ない。労働者階級の少年達をリアルに描けば、これは避けて通れない。BBFC のメンバーはエアコンの効いたリムジンを降りて、現実に触れるべきだ」と語り、またケン・ローチは「検閲官は階級の問題をポルノと同じカテゴリーで考えている。奴らはアホだ」と反論し、十代の若者達に対して「この指定を無視して『スイート・シクスティーン』を観るように」呼びかけている。

  「これは怒りの映画だ。過酷な境遇下の主人公リアムの頑固なまでの楽観主義と彼自身の魅力が生み出す繊細さと温もりがあるからこそ、その“怒り”が力強さを持つ。そして、それをより際立たせているのはリアムを演じた無名新人マーティン・コムストンの驚くべき演技だ。無邪気で、生意気で、天真爛漫でありながらもアグレッシブな一面を秘める彼は、若き日のロバート・デ・ニーロを彷彿とさせる」(『スクリーン・インターナショナル』誌)