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裸足の1500マイル
  (2002年 オーストラリア)
  監督: フィリップ・ノイス
  原題: RABBIT PROOF FENCE
  主要舞台: オーストラリア
    タイトル「裸足の1500マイル」
販売:アット エンタテインメント
作品詳細HP:www.at-e.co.jp/details/atvc079.html

  「アボリジニ保護隔離政策」そして「同化政策」
  それは、オーストラリアの先住民族アボリジニの混血児を強制的に家族から引き離し、収容した子供達を教化し白人社会に適応させるという、1880年代以降広がった、恐るべき同化政策である。減少する純血のアボリジニは「進化上劣っている」から隔離し、自然淘汰にまかせ、増加しつつある混血アボリジニは白人に近い存在なので「保護」し、キリスト教化する方が彼らの為になるのだという発想、つまり、血統を生物学的に吸収するという発想である(第二次大戦後、純血アボリジニもその対象に)。一定の年齢になったアボリジニの少女は強制的に白人男性と結婚させられ、幾世代も掛けて白人社会から先住民を抹殺するという遠略である。信じられない話だが、混血少女をメイドとして雇う白人男性には、彼女を性の対象とすることが奨励されたのだ(書いているだけでムカムカしてきた)。
  本作中にはこんな場面がある。アボリジニ保護局局長ネビルが混血を重ねたアボリジニのスライド映像の前で言う。「混血児を文明化する、これがその答えです。人種交配も三代で肌の黒さは消滅します。白人文化のあらゆる知識を授けてやるのです。野蛮で無知な原住民を救うのです」
  そう、この極めて傲慢で許しがたい優生思想は、明治以来の天皇日本が、アイヌ民族に、ウチナンチュー(琉球)に、朝鮮民族に、近隣アジアの諸民族に対して、取り続けた態度そのものでもある(つい最近まで、先住民族アイヌに対する「旧土人保護法」なる悪法が生き残っていたことを、どのぐらいの日本人が認識しているのか。沖縄に米軍基地を押し付け続ける発想の源には、旧来からの日本人が持つ排他性、差別観念が大きく関係していると言わざるを得ない)。
  世界中の先住民族が置かれている現状を顧みる時、改めて本作の物語の持つ普遍性に圧倒されるであろう。そして一方で、この日本に於ける、抵抗史を描いた「アイヌ映画」の不在に慄然とするのだ。
  本作の原作者ドリス・ピルキングトン(1937年生まれ)は、主人公モリーの実娘で、モリーと共にムーアリバー先住民居留地に強制収容された経歴を持つ(実の親から強制的に引き離された彼女らの世代を「盗まれた世代(Stolen Generation)」といい、現在のアボリジニの五人に一人はその世代に当たる)。

  舞台は1931年の西オーストラリア、ギブソン砂漠の端に位置するジガロング。十四歳のモリーと、その妹で八歳のデイジー、そしてモリーの従妹にあたる十歳のグレイシーという、アボリジニの女性と白人男性との間に生まれた三人の少女の物語である。
  母親が狩りを教え、空を舞う一羽の鳥を指差し「あれは精霊の鳥よ。何処にいようとも、お前を見守ってくれる」と語って聞かせる、そんな毎日。
  しかし、平穏な営みは突如打ち砕かれる。三人の少女は、アボリジニ保護局によって「保護」の名目で強制的に親から引き離され、西オーストラリアの都市バースの北にあるムーアリバー先住民居留地に強制収容されるのであった。
  泣いてすがる母を背に、「逃げたら母親を逮捕する」という脅し。
  そして長旅の末に辿り着いた寄宿舎には、粗末なベッド、バケツのトイレ、貧しい食事、英語以外の禁止、白人社会に溶け込む為の厳しい躾け、という監獄のような毎日が待ち受けていた。
  そんなある日、最年長で気丈なモリーが、施設から脱走して母の待つ家へ帰ろうと言い出す。かくして、砂漠の故郷ジガロングまでの1500マイルを徒歩で帰るという、三人の苛酷な家路は始まるのであった(稚内から那覇、東京からサイパンまでの距離が大体1500マイル、2400kmである)。
  彼女達の幼い知恵は、ムードゥ(アボリジニ保護局の監視係で自らもアボリジニ)や警察隊の追跡を見事にかわしてゆく。敵はそれだけではない。自然の脅威、遭遇する大人達、幼い下の二人の根気、体力。
  方角が分からず、あてどなく荒野を彷徨う彼女達は、ある日かすかな希望を見い出す。ある白人女性が、遥か遠くのジガロングまで繋がっているというウサギよけフェンスの場所を教えてくれたのである(原題はここからくる。食用及び狩猟用として輸入した野ウサギが19世紀後半、大量に繁殖し、牧畜業に被害をもたらした為、政府が設置した。オーストラリア西部を縦断する、全長5000マイルにも渡るフェンス )。
  そして遂に脱走から一ヵ月、彼女達はフェンスを発見し、あらん限りの勇気と気力を振り絞って再び歩き出すのであった。
  嗅ぎ付けるマスコミ。フェンスに気付くアボリジニ保護局。執拗な追跡。メイド兼性奴隷にされているアボリジニ少女との出会い。空腹と疲労からの仲違い。未開の砂漠地帯。途絶えるフェンス。彼女達の苦難は続く。

  感動的なエンディングまでの九十日間の道程。しかし、これは実話である。
  その後、無事帰還したモリーは砂漠の奥地へ移り住み、二人の娘を産み、穏やかに暮らしていたが、1940年11月、娘達と共に再び収容所へ移送された。そして翌年、モリーは上の娘ドリスを残し、当時一歳半のアナベルだけを連れて再び脱走。なんと九年前と同じ道程を辿ってジガロングへと戻ったのである。ところがその三年後、娘のアナベルが再び施設へ送られ、そのまま現在も家族はアナベルと会っていない。あまりのひどさに言葉もない。
  収容所に一人残された当時四歳のドリスは、母の逃亡を知らないまま収容所で暮らし、クリスチャンとなり、白人達の思惑通り「完全に白人化した人間となった」ことを後に告白している。ある時、父親の写真を見て彼女は仰天したという。いつの間にか自分の父親は白人だと思い込んでいたのだ。その頃の彼女は土着の言葉もすっかり忘れ、アボリジニであることすら忘れかけていたという。その後、映像制作に関わるようになり、自分の言語や歴史を学ぼうと思うようになった彼女は、やっと自らのアイデンティティを捜し求める決意をしたのであった。そして、叔母のデイジー(モリーの妹)から聞いた話を一冊の本にまとめたのが原作『RABBIT PROOF FENCE』である。

  ドリスは語る。「今、私は本当のアボリジニになれた」「70年代に入って隔離政策は廃止され、私達も少しずつ自由を取り戻している。でも就職差別や居住地の問題など、今なお困難は多い」 「アボリジニとアイヌは若者に未来を託す点で共通している。若い世代に伝えたいことは、正しいと思ったらそれを実行する勇気を持ちなさいということ」
  そして八十四歳になるモリーの言葉だ。「収容所の他の子供達は、母親のことを忘れてしまう程幼かった。でも、私はその時十四歳で母をよく覚えていた。家へ、母のところへ帰りたかった…」
  アボリジニの血を引く小さな女優達の瑞々しい演技にも大きな拍手を。