オンライン魂花時報WELCOME TO NAKAGAWA TAKASHI'S WORLD中川敬のシネマは自由をめざす!リスト > ブリキの太鼓
NAKAGAWA TAKASHI'S ALL CINEMAS GO FORWARD TO FREEDOM !
ブリキの太鼓
  (1978年 西ドイツ=ポーランド=フランス)
  監督: フォルカー・シュレンドルフ
  原題: DIE BLECHTROMMEL(THE TIN DRUM)
  主要舞台: ポーランド
    「ブリキの太鼓」
発売元 IMAGICA
価格 ¥2,940(税込)

  ドイツの著名作家、ギュンター・グラスの大ヒット長篇小説『ブリキの太鼓』(1959年)は、ドイツ語で三百万部売れ、各国で二十か国語に翻訳された。引く手あまたの映画化依頼をかたくなに拒否し続けた原作者のグラスは、シュレンドルフ監督との会談により、自分が作劇に介入出来るという条件付きで、ようやく映画化を認めた。観客の本作に対するイメージを決定する、劇中の猥雑でグロテスクな要素、非現実的で奇怪な要素は、実はグラス側からの要望で追加強調された部分が多いということだ。グラスの、ナチズムを育んだグロテスクな社会に対する激しい怒りが、手に取るように分かる逸話だ。
  シュレンドルフ監督は、原作の舞台であり、グラス自身の故郷でもあるダンツィッヒ(現グダニスク)での撮影にこだわり、当時「東側」であったポーランド当局との長期にわたる交渉の末に、現地ロケの許可を得ることに成功した。
  世界中で映画賞を総嘗めにした本作の成功の大きな要因は、主役のオスカルを演じたダーフィット・ベネントの魅力に負うところが大きい。彼は当時十二歳でありながらも、極めて小さな背格好を持ち、その鋭い眼差しに宿した光が状況の特異性を強調するのである。
  本作は、幼児のまま身体の成長を止めた主人公と、二十世紀前半のドイツ=ポーランド史の、魂の相剋を描いた寓話劇である。

  ポーランドの北端、バルト海を臨む自由都市ダンツィッヒ。そこは、ドイツ人、ロシア人、ポーランド人、ユダヤ人に、少数民族のカシュバイ人などが複雑に混在して住む港町だ。長年にわたり、近隣国の野心に翻弄され続けてきた土地でもある。
  冒頭のシークェンスは1899年のダンツィヒ。
  荒れ野で一人、四枚のスカートをはいて芋を焼いているカシュバイ人のアンナ(ティーナ・エンゲル)は、警官から逃走中の放火魔コリャイチェク(ローラント・トイプナー)をそのスカートの中に匿う。そして(実に阿呆らしい設定だが)そこで持った情交により、アンナは女の子アグネス(アンゲラ・ヴィンクラー)を生む。第一次大戦が終り、成長したアグネスはドイツ人のアルフレート(マリオ・アドルフ)と結婚するが、従兄のポーランド人ヤン(ダニエル・オルブリフスキ)を含んだ三位一体の関係の中、オスカル(ダーヴィット・ベネント)を出産する(オスカルの父親はどちらか分からない)。
  1927年、物語を決定する事件は起こった。
  三歳の誕生日を迎えたオスカルは、母アグネスからブリキの太鼓を買い与えられる。しかし、だらしない大人達の狂態を見たオスカルは、大人達に対する怒り故に自ら階段から落ち、その日から身体が大きくなることを拒否するのであった。そして、何故か備わった不思議な超能力。(馬鹿馬鹿しいことに)オスカルが太鼓を叩きながら奇声を上げると、周囲のガラスがこなごなに割れるのだ(彼はこの日以降、如何なる時もブリキの太鼓を体から離さない)。
  毎週木曜日、アグネスはオスカルを連れ、ユダヤ人の玩具屋マルクス(シャルル・アズナヴール)の店へゆく。彼女は、その度にオスカルをマルクスに預け、ポーランド郵便局に勤める従兄のヤンと逢い引きを重ねているのだ。ある日、それを目撃してしまったオスカルは、高みから例の奇声を上げ、市立劇場の全ての窓ガラスを割るのであった。
  町中のラジオに響くのは、照準をポーランドに定め始めたアドルフ・ヒトラーの声だ。
  両親と一緒にサーカスを観に来たオスカルは、そこで小人症のリリパット団団長ベブラ(フリッツ・ハックル)に出会い、彼から「小さい人間の生き方」を聞く。「我々には観客席はない。我々は芸を見せ演技をする。でないと舞台を奪われるんだ。彼等がやって来ると、祭りの舞台を占領して松明行列をする。演壇を作り、人を集めて、我々のような者を滅ぼそうとするんだよ」
  虚無的な夫婦生活が続く中、アグネスはヤンとの間に子を身籠ってしまい、絶望の末に自殺してしまう。そして、1939年9月1日、ナチスによるポーランド郵便局襲撃事件が起こり、レジスタンスに身を挺していたヤンは銃殺されてしまう。
  オスカルの独白。「むかしむかし、信じやすい人々がいて、サンタクロースを信じていた。しかしサンタクロースの正体はガス屋だった!」。ナチスにより焼き払われるユダヤ人の家、店。本格化する迫害。アグネスを慕っていたユダヤ人マルクスも絶望の末に自殺してしまう。
  母親代わりとしてやって来た16歳のマリア(カタリーナ・タールバッハ)は、オスカルとベッドを共にするも、父アルフレートの妻になり、どちらの子供か分からない息子クルトが生まれる。
  再会したベブラ団長との独軍慰問の旅。小人症のロスヴィーダ(マリエラ・オリヴェリ)との幸福な恋と悲劇。ドイツ敗戦前夜、ソ連兵に射殺されるアルフレート。
  父の葬儀の日、遂にオスカルはブリキの太鼓を墓穴に投げ入れ、「成長」することを決意するのであった。クルトの投げた石が頭に命中し気絶するオスカル。
  祖母アンナ(ベルタ・ドレーフス)はオスカルにカシュバイ人の生き方を説き、「西」へ行けと進言する。
  見送るアンナを背に、オスカルを乗せた汽車はダンツィッヒの町を出る。
  「西」ヘ真っ直ぐに延びる単線とカシュバイの荒れ野。
  空はどこまでも続いている。

  オスカルの奇行とナチズムの躍進、狂気が重なり合いながら、物語は人間社会の魔性を写し出してゆく。「物の怪」の打ち鳴らす警告としての太鼓は、ファシズムの終焉と共に無用の長物と化すのだ。しかし、銀幕をはみ出さんばかりのオカルト的リアリズムが放つ不穏な光は、観念として片付けることの出来ない、現世の闇そのものなのではないか。
  ちなみに、実際は、「フリークの見世物」をナチス・ドイツは禁じていた。それどころかナチス・ドイツの「民族優生」 政策は、生きるに値しない生命、というとんでもない観点から、ダウン症、小頭症、脳水腫等の子供達約五千人を対象に、障害のある子供達を「安楽死」させていたのだ(!)。今現在でも多くの国では、優生保護の名の下、先天的異常があるとみなされた胎児の中絶が公然と行なわれている。
  太古の昔から、権力の余興としての「見世物」は障害者達の人権を蹂躙し続けてきた。現在、小人症の見世物は、障害者の権利を守る立場から中止が要求されているが、出演側の生活権として興行化を肯定している立場もあることは、認識されるべきであろう。結局これは、障害者の職業選択の自由を奪い続ける、健常者側の問題なのである。