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酔っぱらった馬の時間
  (2000年 イラン)
  監督: バフマン・ゴバディ
  原題: ZAMANI BARATE MASTI ASBHA(TIME FOR DRUNKEN HORSES)
  主要舞台: クルディスタン
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  国家を持たない世界最大の「少数民族」クルドは、アラブ人、ペルシャ人と並ぶ規模の中東先住民族で、トルコ、イラン、イラク、シリアに跨がる山岳地帯に居住し、その一帯はクルディスタンと呼ばれている(推定で二千五百万人〜三千万人いるといわれている。その数はイラクの人口に匹敵する)。
  クルド人は、常に英米を筆頭とする西欧列強の野望に翻弄され、第一次大戦後、ペルシャ帝国(現イラン)を侵略していたオスマン帝国(現トルコ)を解体してゆく過程でも、クルディスタン独立の約束は反故にされ、結局クルド人国家が誕生することはなかった。そしてイラン革命(1979年)ではパーレビ王朝打倒に参加するも新政権によって制圧されている。
  またイラン・イラク戦争(1980〜88年)では国境地帯(まさにクルディスタン)が戦場になったが故に、双方が敵国のクルド人組織を支援し、停戦後の1988年3月、フセインのイラク政府が、毒ガスによってイランに協力したクルド人五千人を殺すという世紀の大虐殺、ハラブジャ事件を起こしている(当時アメリカはフセインを軍事支援していた)。
  湾岸戦争(1991年)の直後、アメリカはフセイン政権打倒を掲げたクルド人蜂起を促したが、直前にアメリカが方針を変え撤退した為に、フセインによるクルド人徹底弾圧が始まり、多くの死者を出している。民衆心理にはフセインとアメリカに対する根強い不信感が同居してある。
  またトルコは、今だにクルド人の存在を正式に認めようとはせず、「山岳トルコ人」として同化政策を取り、公共の場でのクルド語は一切禁止、クルド民族主義者を徹底的に弾圧している。
  しかし、クルド人の独立、自治権を求めるトルコ PKK(クルディスタン労働者党)、イラン KDP(クルディスタン民主党)、イラク KDP、及び PUK(クルディスタン愛国同盟)等の組織は大同団結出来ずに、お互いに利害関係を孕んだまま敵対関係にある状態である。
  監督のバフマン・ゴバディはイランのクルディスタン州バネー市出身(1969年生まれ)。出演している子供達とは山岳の村市場で出会ったという。
  本作はクルド人監督による、クルド語の映画としては初の長篇作品で、ゴバディ自身にとっても長篇デビュー作である。以前ゴバディは、アッバス・キアロスタミの『風が吹くまま』で助監督を務めたこともあり、クルディスタンを舞台にした脚本を執筆中であった『カンダハール』のモフセン・マフマルバフとの出会いから、その娘サミラ・マフマルバフが監督する『ブラックボード・背負う人』で俳優として主役を演じたこともある(あの黒板を背負った先生役)。
  「私はイランのクルド地方にある小さな町で生まれ育った。そこでの記憶は私の映画作りに大きな影響を与えている。(中略)この作品のクルド人達は私の想像ではなく、生きようとあがく現実の彼等そのものだ。三十年間身近に接した同胞達の姿なのである」(バフマン・ゴバディ監督による映画冒頭の記述から)


  舞台はイラクとの国境に近いイラン領クルディスタンのサルタブ村。険しい山岳地帯の雪深い寒村を生き抜く、五人の兄妹の窮乏生活を描いている。
  貧しいが力を合わせ逞しく生きる一家。物語は次妹アーマネの独白によって進行する。既に母はなく、父が一家を支える為に古タイヤの密輸で何とか生計を立てている、という、そんな一家にとっての最大の難問は長男マディのことである。十五歳のマディは四肢が成長しない難病で、その体躯は幼児程度、手術しないと先が長くない不治の病に掛かっている。
  そんな中、密輸の為にイラク国境へ出向いていた父が地雷により死んでしまう。両親不在の一家を家長として支えなければならなくなったのは次兄のアヨブ(十二歳)である。しかもマディの手術代は急を要する状況だ。
  結局アヨブも、危険だが一番金になる仕事、密輸の仕事を手伝うことにする。
  子供には苛酷に過ぎる険しい山道の国境越え。危険な地雷。目を光らせる国境警備隊。厳寒の長丁場を乗り切る為に、密輸品のタイヤを運搬するラバには酒を飲ませている。
  貯まらないお金。弱ってゆくマディの体。放置すればあと一ヶ月、手術しても一年の命だろうと医師は言う。それでもマディを助けたい!
  長女のロジーンは、相手方がマディに手術を受けさせることを条件に、嫁入りを決心するのだが、結局マディだけが厄介払いされ突き返されてしまう。
  アヨブは貰ったラバをイラクで売り、その金でマディの手術を受けてくる決心をする。アーマネと末妹を残し、マディを背負ったアヨブは決死の密輸キャラバンに参加するのであった。
  しかし、国境警備隊の挟み撃ちに遭ったキャラバンは散り散りばらばらにされ、酔っぱらってなかなか動かないラバに、衰弱したマディを背負ったアヨブは、猛吹雪の中をイラク目指して歩く。続く雪原。真っ白なロングショット。
  そして、アヨブが跨いだ有刺鉄線は国境線であった。


  エンディングは結論を示さないが、猛吹雪の中をひたすら「目的」へと向かうアヨブの美しい表情が、全てを語っているではないか。彼等の痛々しい苦悶の表情は、そのままクルド人のそれである。そして、ゴバディ監督が描こうとしたものは、明るい未来へと苦闘するクルドの姿そのものなのである。
  父の墓にマディを連れてゆき、病気の完治を神に祈るアマーネの美しいシークェンス。そして兄妹達は何度も何度もマディにキスをし、どんな時も愛を注ぎ続ける。映画のラストで、心細いアヨブが背負っているマディに「大好きだよマディ、国境はもうすぐだよ」と声をかけるシーンは、本当に胸を締め付けられる。
  本作がカンヌで受賞された後、ゴバディの故郷では、人々が一斉にカメラを購入したという。監督曰く「彼ら子供達にはゲリラではなく映画監督になって欲しいのです」「実際にどの子供も、映画の中と同じような生活をしています。彼らは村の代表として出演しているんです」「クルディスタンには苦しみが凄く多くて、痛みも凄く多いのだけれど、皆、その中でも希望を見つけて生きてゆこうとしています。絶望してしまったら死ぬ、死んだらもう終わりだということを皆知っているので、少しでも明るいものを探しエネルギーにして生きているのです。子供達は、国境に生まれて国境の厳しい生き方を感じているんです。だから、子供の時から大人みたいな仕事をしたり、母親みたいに自分の兄弟の面倒をみたり、全てを突然体験し、突然成長する子供達なんです」
  また、クルド人を「手前味噌ながら、地球上で一番不思議で愛に溢れ、人生に苦しみながらも人生に希望を持っている」と表現し、「力を見せるアメリカの政治を知るよりも、インターネットで世界の情報を手に入れ知識を身につけて欲しい。そして年をとるにつれて苦労を味わい疲れた表情をみせるのではなく、いつまでも美しい表情を保って欲しい。皆さんにもこの映画から子供達の魂を感じ取って欲しいのです」とメッセージを残している。
  厳冬の圧倒的なロケーションと不屈の人々。イランからまた素晴らしい新人監督と名作が誕生した。
  なお、タイトルにある「馬」はラバのこと。ラバは雌馬と雄驢馬との掛け合わせで、驢馬よりも大きく、粗食に耐える上に強健でおとなしいので、南欧、西アジア、アフリカの一部では使役用として飼われている。

  「人生は苦労ばかり/子供ですら老いてゆく/険しい山を越え/深い谷を巡る/つらい仕事が僕らを死へ導くよ/人生は苦労ばかり/子供ですら老いてゆく/厳しい毎日が僕らの若さを奪う」(トラックの荷台に積まれた子供達が合唱する現地の唄)