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過去のない男
  (2002年 フィンランド)
  監督: アキ・カウリスマキ
  原題: MIES VAILLA MENNEISYYTTA(THE MAN WITHOUT A PAST)
  主要舞台: フィンランド
    配給:ユーロスペース
提供:TBS+トライエム+博報堂+ユーロスペース
ビデオ・DVD
発売元:ユーロスペース
販売元:アミューズソフト販売株式会社
公式HP www.eurospace.co.jp/kako/

  記憶喪失になった一人の男の再生をオフビートなユーモアとペーソスで綴る、カウリスマキ定番の底辺群像劇。いつものデッドパン演出が、人生の苦渋と希望、男女の孤独を優しく紡いでゆく。
  圧倒的なヒューマニズムとハッピーエンド。カウリスマキは言う。「正直に言うと、無意識の中では普通の監督であることを望んでいる部分もあるのかも知れない」。そう、ここにはいつにも増して優しいカウリスマキがいる。
  『過去のない男』は、依然として人々が優しさで繋がり合える、その証明のような映画である。

  地方からヘルシンキ中央駅に流れ着いた訳有りげな男(マルック・ペルトラ)。スーツケースを傍らに置き、ベンチに腰掛けていたところを暴漢に襲われてしまう。身ぐるみ剥がされ、一命は取り留めたものの頭を強打し、過去の全ての記憶を失ってしまうのであった。
  救世軍がボランティアに入るような港湾の貧民区で保護されたその男は、ホームレス達のさり気ない優しさや素っ頓狂なユーモアによって、徐々に活き活きとした営みを取り戻すのだ。
  最初に彼を救った家族のあるじ、ニーミネン(ユハニ・ニエメラ)との会話がとぼけていていい。「8×8は?」「61」「72だ。(中略)記憶がなくても心配ない。人生は後ろには進まん。進んだら大変だ。(中略)脳に血の固まりがあるんだ。酒でほぐすといい」

  海辺でコンテナ暮らしをする彼は、救世軍で働く女イルマ(カティ・オウティネン)と恋に落ちる。記憶喪失の独り者と、初めて恋を知った女との、孤独な熟年カップルのやり取りが実にたどたどしく描かれていて、コミカルでありながら、何とも切なく胸を打つのだ。
  構図のこだわり、演出美の風格が独特な余韻を醸し出し、物語は激動することなく、淡々と進行する。
  ハンニバル(食人鬼)という名の可愛い雑種犬(タハティ。祖母、母と三代続いてカウリスマキ映画に出演する立派な女優犬。カンヌでパルム・ドッグ賞受賞!)。メシの配給。植えられたジャガイモ。名前がない故に追い出される職安。初めてのデート。救世軍バンドのプロデュース。国民的歌手アンニッキ・タハティ(本人)が歌う <思い出のモンレポー公園>。取引停止された中小企業社長による銀行強盗(映画史上最も人格者な強盗)。妻から警察への届け出。帰郷。離婚。過去との決別。
  しかし、ドラマティックな起伏を拒否するかのように、物語はやはりあの貧民区へと帰着するのであった。
  過去のない男。でも「今」がある。

  不細工な風貌。激突しない人間模様。棒読みのセリフとデッドパン。徹底した過剰演技の排除。しかし、そこから立ち上るイスケルマ(フィンランド歌謡)と人間讃歌のユニゾンが、数多の人生再生を祝福するのである。これはカウリスマキの魔法だ。
  泣いても笑っても同じ一生。人生は前にしか進まない。

  ちなみにカウリスマキは、本作でニューヨーク映画祭に招待されるも、イランの巨匠アッバス・キアロスタミが(「9・11」の影響で)ビザの発給を米政府から拒否されたと知り、自らもボイコット。「世界中で最も平和を希求する人物の一人であるキアロスタミ監督にイラン人だからビザが出ないと聞き、深い悲しみを覚える。石油すら持っていないフィンランド人はもっと不要だろう。米国防長官は我が国でキノコ狩りでもして気を鎮めたらどうだ」(カウリスマキの声明)
  ヤッホー!  カウリスマキ!