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夜と霧
  (1955年 フランス)
  監督: アラン・レネ
  原題: NUIT ET BROUILLARD(NIGHT AND FOG)
  主要舞台: ポーランド

  本作は、ワルシャワ(ポーランドの首都)の南西160マイルに位置する、アウシュヴィッツのユダヤ人強制収容所を描いた衝撃的な記録映画である。
  世界を震撼させた、当時の白黒ニュース・フィルムや写真に、現在(終戦十年後)の収容所跡地のカラー映像がモンタージュされ、人類の曖昧な記憶を生々しく問い質し、警告する。尋常でない数の痩せ細った屍の山が冷厳に淡々と写し出される、戦慄の三十二分である。
  厳粛な事実に向き合うカメラは、一片たりともたじろがず、悲劇に拮抗するその圧倒的確信に、観る者は緊迫からの逃避を拒絶され、ただ事実の前で問い詰められるのだ。
  レネは語る。「死者の記念碑を建てることではなく、現在と未来を考えることを目的とした」

  1941年、ワルシャワで、プラハで、ブリュッセルで、彼等は一斉に検挙された。ユダヤ人である、というだけの理由で。
  駅。子供をあやす母親、絶望にうつむく女性。老人と子供達。リヤカーで運ばれてくる老婆。ユダヤ人であることを証明する腕章。家畜のように汽車に詰め込まれる人々。飢えと乾き、窒息と狂気。汽車から必死の落し文。
  そして収容所。屈辱的な全裸、丸狩り、入れ墨。絶え間なく監視を続けるSS。暇つぶしの殺し。逃走を試み有刺鉄線に手をかけて死んだ人間。絞首台。銃殺に使用された高い塀。まなこを見開いたまま死んだ病人。老看護婦の不気味な笑み。無意味な切開、手足の切断実験、皮膚剥がしが行われた手術台。
  1942年、全ドイツ警察長官ヒムラーが視察する。「生産的に処分せよ」
  「シャワー」に行ったまま、ガス室で惨殺された人々の死体の山。何とか脱出しようとあがいた天井の爪痕。痩せこけて骨だけになった人間の足。うつぶせの状態で焼かれ、焦げた人間の上半身。
  カメラが後ろに引いても引いても捉え切れない毛髪の山。その毛髪で作ったという毛布。地面一面に敷き詰められた人骨は肥料に。遺体は石鹸に。皮膚は紙に。
  1945年、ドイツ敗戦。道を塞ぐ死体の山。処理する連合軍のブルドーザー。
  正視に堪えない画像の連続である。
  エンディングのナレーションは言う。「火葬場は廃虚に、ナチは過去となる。だが、九百万の霊はさまよう。我々の中の誰が戦争を警戒し、知らせるのか。次の戦争を防げるのか。今もカポ(ドイツ人刑事犯)が、将校が、密告者が、隣にいる。信じる人、信じない人。廃虚の下に死んだ怪物を見つめる我々は、遠ざかる映像の前で希望が回復したふりをする。ある国のある時期の話と言い聞かせ、絶えまない悲鳴に耳を貸さぬ我々がいる」

  音楽はハンス・アイスラー。情緒的伴奏を拒否した、流れるスコアの穏やかさがより恐怖を立ち上らせている。
  「夜と霧」が初めて日本に輸入されようとしたのは1956年。だが東京税関は「余りにも残酷で風俗公安を害す」との理由で輸入を許可せず、プリントは一部の人間の目にふれただけでフランスへ送り返された。その六年後、六ヵ所五十六秒のカットにより輸入を許可し、やっとのことで日本公開と相成った。削除されたのは、収容所の解放後に連合軍のブルドーザーが死体の山を処理する場面、生体解剖によって幾つもの首がバケツに積み重ねてある場面、ガス室に入る全裸の女性の陰毛、等々。
  世界中の反戦運動家は本作の海賊版を何度もデュープし、酷い状態のプリントが世界中の反戦集会に出回った。そう、映画は自ら、ホロコーストを過去の思い出とすることに断固抵抗し、記憶装置になろうとしているのだ。
  直視せよ、ホロコーストを。
  万人坑を、南京大虐殺を、三光作線を、七三一部隊を。