『ロロサエ・モナムール』は、濃厚な物語集である。
 ソウル・フラワー・ユニオンといえば、メッセージ性の強いバンドと思われがちだが、ここにはストーリー性の強い曲が並んでいる。
 「戦争反対」とか「憲法九条を守れ」とか「教育基本法改悪反対」とか、そういう直截的なメッセージはどこにも出てこない。直截的なメッセージに帰結する以前の、日本に住みながら越境していく民衆のボトムにある物語をすくい取ることに集中しているからだ。ボブ・マーリーにたとえるなら、<ゲット・アップ・スタンド・アップ>ではなく、<ノー・ウーマン・ノー・クライ>に相当するような曲が、全14曲、65分41秒、びっしりと詰まっている。
 しかも、ヘルデール・アレキソ・ロペスという東ティモールで独立運動を続けていた青年によって作られた曲に日本語詞をつけたラストの曲<星降る島>以外、『ロロサエ・モナムール』はすべて中川敬によるオリジナル曲だ。ちなみに「ロロサエ」とは東ティモールの言葉テトン語で「日が昇る」という意味。東ティモールの人たちは東ティモールのことを「ティモール・ロロサエ」と呼んでいるそうだ。
 フル・アルバムとしては『ラヴ・プラスマイナス・ゼロ』(02年)以来の作品である。その間、『シャローム・サラーム』(03年)と『極東戦線異状なし!?』(04年)がリリースされたが、それはフル・アルバムと言うには分量的にちょっと足りないミニ・アルバムであったり曲数の多いシングルであったりしたので、きっちりフル・アルバムに仕上げてから出してほしいという意見もあった。しかし『ロロサエ・モナムール』の全貌が明らかになった今、ソウル・フラワーの判断が正しかったことがはっきりと判る。『シャローム・サラーム』は、東ティモールでの体験を歌った名曲<リキサからの贈り物>を一刻も早く形にすることに意味があったし、『極東戦線異状なし!?』は、イラク状況がますます悪化するなか米軍によるファルージャ虐殺が行われた直後というタイミングで「その戦争をやめさせろ」と直截的なメッセージを発する曲を出すことに意味があった。そしてそれは、今思えば、次のフル・アルバム、つまりこの『ロロサエ・モナムール』では、直截的なメッセージに捕らわれることなく根元的な物語が刻まれた音楽をめざすという、最もディープな表現に心おきなく向かうために出しておかなくてはならないCDでもあったのだ。
 もちろん、『ロロサエ・モナムール』の制作期間中もその合間を縫うように、中川敬は非戦音楽人会議などでサイバー・アクションを行っていたし、ソウル・フラワー・ユニオンの楽曲をジャン・ユンカーマン監督作品『映画 日本国憲法』に提供したり、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットとして「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」が主催する集会でライヴを行ったりと、メッセージ性の強い活動を継続していた。なにしろ今の世の中は、デッド・ボールぎみの球ばかり飛んでくるバッティング・センターのようなものである。飛んでくるボールは鋭い瞬発力で打ち返さなくてはならない。次々に飛んでくるボールが当たってボコボコにされないように。そういう「めんどうくさいこと」をきっちりこなしつつ、ディープな物語を発掘することに集中力を傾けて、この『ロロサエ・モナムール』を完成させたのだった。
 それにしても「見世物小屋からコニャニャチワ〜」である。初めて聴いたとき以来、伊丹英子と上村美保子(桃梨のヴォーカルにして、最近はソウル・フラワーの常連ゲストとしてお馴染み)による8曲めのこのコーラスのフレーズが耳に焼き付いてしまって離れない。流浪の民っぽい感じというか、乞食者(ほかいびと)っぽい感じというか、日本人としては明らかに非主流な感じというか、暗闇の奥から伸びてきた手に足首を捕まれる感じというか、とにかく強烈。阪神淡路大震災から10年を睨んで作られたコンピレーション『風ガハランダ唄』にしてもそうだが、ヒデ坊が係わることにより注入される魂みたいなものが確かにある。最近はライヴに欠席することも多いヒデ坊だが、さすがソウル・フラワーのスピリチュアル・リーダーである。
 で、「見世物小屋からコニャニャチワ〜」に慣れてくると、改めて『ロロサエ・モナムール』が名曲揃いであることに気づく。すでにライヴでお馴染みの<松葉杖の男>とか、まるで高田渡に捧げられたかのような<酒と共に去りぬ>とか。そして何より、いよいよ年季が入ってきたソウル・フラワー流ルーツ・ミュージックのビートが素晴らしい。ブルース、ロックンロール、チンドン、レゲエ、その他もろもろ、ミックスされている要素はあまたあるけど、もはやビートを因数分解して分析することなど無意味なほど、ソウル・フラワー流ルーツ・ミュージックとしか言いようがない音楽になっている。これは、単にDJ感覚だけでミックスされた音楽ではなく、あるときは隣町に辿り着いた異国の民と交わり、あるときは自ら流浪する民となる不屈のミュージシャンとして、必然的に掴み取った音楽なのである。
 今、ぼくが聴きたいと思っていた音楽は、まさにコレなのだ。

石田昌隆